インターネットは害!!
最近、インターネットが害に思えてきた。何故かというと、ネットほど時間をつぶすのに好都合なものはないからです。特にテレビを見ない俺としてはもうリアルタイムの情報源はインターネットしかないときたものだ。
特に何が害かって言うと、まず考える事をしなくなる傾向にあると言う事だ。考えなくてもほとんどはネットに載ってる。誰かがそれについて考えて、その記事の正しい検索方法さえ知っていればそれについて考えなくて済むのだ。答えは図書館に行かなくても自宅ですぐに手に入る。なんと便利な時代になった事か。この前の「マカロニの穴はどうやって空けるか?」の問題の時にすぐに調べてしまう自分に気づいてしまった。良くもまぁ、安直なことをするようになったものだ、。
その次、インターネットには楽しい事がたくさんある、ありすぎる。時間さえかけて検索すればどんどん未知の世界に連れて行ってくれる。コレに手間は要らない、ただ文字を入力するだけクリックするだけで良い。なんと楽な世界か。これはぼうっとテレビを眺めている様なものだ。いや、テレビだけではない。ゲームだってできるし、お話だってできる。楽しい事でいっぱいなのだ。
つまり、インターネットは簡単で楽しいもの。しかも利用料は定額だし、これこそ使わなくては損。いつでも家にいればインターネットの世界に旅立つ事ができる。定額料さえ支払えば、どれだけ使っても無料だし、どんな情報を得ても無料である。
だが、インターネットが定額でなかった頃、つまりはナローバンド時代はまさに一分いくらの世界だった。例えば、メール一回受信するのに10円だとか、インターネット小説一本落とすのに30円だとか、BM98の曲を一つ落とすのに100円だとか、今注目のゲームを落とすのに200円だとか。まさに情報として得るものがそれぞれ値段が付いていた様に感じたものだ。特に、容量の表示が値札に見えた。今の様な、どこまでも無料という感覚はない。全ての情報は無料ではなくその通信料であり、その通信料の価値のない情報を得た時はさぞかしがっかりする。通信時間は電話代に直結するからね。
話は変わるが、実益、インターネットは手段としては格段に便利なものである。辞書としての機能も有し、ましてや百科事典にもなる。料理事典にもなる。手紙になる。コミュニケーションツールにもなる。ゲームマシンにもなる。こんな多様な装置は今まで存在しただろうか?
インターネット本来はただコンピュータ同士をケーブルで世界的に繋いだだけである。つまりは情報の交換の機能しか有していないはずだった。しかしそれはブラックボックス化され、今のインターネットでそれを意識して利用する事はほとんど無い。すべてはそこにあるものであり、世界はるばるやってきた情報とは思えない。先ほど話した、ナローバンド時代であれば、それぞれ対価があったのでそう感じる事もあったのだが。
つまり訴えたい事は、今インターネットが手段ではなく目的になっていないかと言う事だ。テレビを見るかの様に何の期待も抱かぬまま、何の収穫も期待しないまま、ただ眺めているだけで楽しくなる。それがインターネットの本質だっただろうか。そうなのかもしれないが、俺は是非インターネットを手段にする事を勧める。そうしなければ、インターネットで無駄な時間を過ごすばかりで、実益のある事はこの甘い時間に奪われてしまう。だから俺は極力パソコンを付けないようにして、読書する時間に回している。
インターネットという甘い誘惑、手軽に手に入る面白い事の誘惑。それに負けていれば実益的な事はできなくなる。今一度、あなたがインターネットを手段にしているか、目的にしているか考えてみて欲しい。 |