2004年11月雑記ログ


>>11/28-1[本]読了『クビツリハイスクール』西尾維新2002
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061822675/
 西尾維新3冊目。まず言いたいこと三つ。

  1. あーあ、ラノベになっちゃった。
  2. 密室はどーした、密室は?(←解けてた人)
  3. 相川潤をメインにしちゃいかんだろ。

 俺が西尾維新を評する時に使う『断片的な面白さ』は健在。というか、それがラノベたらしめている気がしてきたのだが。まぁ、この手のオバカは好きなので、一向に構わないわけだが。
 それにしても、嘘つき主人公で俺が思い出すモノと言えば、『悪魔のミカタシリーズ』(うえお久光、電撃文庫)の堂島コウを思い出さずにはいられない。平気で嘘をつき、理論なのか理論じゃないのか訳の判らないモノで周りと読者を翻弄し、そしてクールでモテる。でも、ミステリーという点でも(致命的)、キャラクターノベルという点でも(致命的致命的)、『悪魔のミカタ』には劣るな。一巻のみ許すが。

>>11/27-2[日記]びっくりした

 携帯のバイブのわずかな音(マナーモードから直し忘れていた)で目覚めてみると、13時。えぇっ、もうこんな時間! 9時頃に間違い電話(笑)を受け取って時間確認して、また寝てしまったのは記憶にあったのだが。
 あと、そのあと西尾維新読みながら思ったこと。アメリカのテキサス州、ヒューストンって、ギャグだよなぁ。ひゅ~、すとん(後から自己嫌悪)。

>>11/27-1[本]読了『クビシメロマンチスト』西尾維新2002
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061822500/
 西尾維新をもう一度読もうとした動機が、最近長編ミステリとかなんとなく読書したいのに読書疲れしてるから、何か楽に、ホイホイ読めそうなモノってないかな、と思って読んでみたはずだった。まず、疲れた。
 いや、前作同様の賛美、『断片的に面白い』は確かに顕在しているが、頻度が減っていて残念。前作ほどキャラクターに愛着がわくこともなく、そんな登場人物に付き合っていて、妙に疲れた。相川潤は好きだけどね。
 なんかやたら説教くさいなぁ、とか、ミステリじゃないよなぁ、とか、フェアじゃないよなぁ、とか、でもそれなりには面白いよなぁ、とか、昔はこーいうの書きたがってたなぁ、とか、そーいうことを考えながら読んでいた。特に展開に期待して先読みたいなぁ、などとわくわくして読めるはずもなく、ただこういう小説かぁ、この作家こういう事好きなんだろうなぁ、とか、その辺は前作とあまり変わらず。現実味のなさはそのままだけど。前作を読んだ時のような、マジメだなぁ、と言う感想はなく、あっ調子乗ってきやがったな、と生憎の方が大きく。
 つまり、やっぱり、断片的には面白いけど、全体つまらん。で、その断片を求めて、次巻も読んでみることにしよう。
 最後に、Y氏、貸していただきありがとう。

>>11/25-1[日記]免許受かった

 本日をもちまして、普通車一種免許取得! ちゃんと勉強した甲斐があったというもの。前日遊びまくったけど、家帰ってから二時間勉強したもん。
 で、書くことがこれだけなので、昨日のことを少し。仲間と焼き鳥と釜飯食べに行って、ゲーセン行って、遊んできた。この仲間で遊んだのは実は初めて。まとまるのかな~、と心配したけど絶妙にまとまったから良し。
 そこのゲーセンでちょっと感動した。だって、ポップンステージがあるんだもの。うわぁ、ポップンステージか。夢にまで見たポップンステージだよ。見た瞬間、これは夢かと思ったね、今でも昨日のことはその部分だけ夢だったんじゃないかって思うね。そのくらい、一生出会わずに終わるだろうなぁ、と思っていたから。即プレイ。一人プレイ、あれ、足踏む場所が、6つある。DDRより2個多い。左、左前、右前、右、右後ろ、左後ろ。前と後ろをよく間違える、とゆーか、DDRより難しいんじゃないの! でも、曲はもちろん全て知っている曲。しかも、DDRと違って、踏むと鳴る。J-TEKNO(Quick Master)、NEW-COMMER、POWERFOLKをプレイ。リズム知ってるからなんとかできるけど、DDRと違って、斜め前後ろの感覚がおかしい。次、友達を連行して2人プレイ。ポップンの9ボタンを連想してたけど、実際はDDRのバトルみたいに左右に同じ譜面が降ってくるだけ、たまに違うけど。で、一人5スイッチ、右前、左前、「中央」、左後ろ、右後ろ。中央が意外と曲者、斜めの時点で全部曲者だけど。80's POP、KUNG-FU、PUNK、の3曲。うん、意外と面白い。ほぼ全身運動で音を出す行為は、ある意味快感。

>>11/24-1[日記]読了『十角館の殺人』綾辻行人1987
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061849794/
 これが本格ミステリーと言うやつか。拙者、まだミステリー初心者中の身、たいしてミステリーに対する見識は備わっていないわけではあるが、本格ものたる面白さを味わった気がする。
 確かに用意されたトリック、確かに用意されたどんでん返し。推理に挑戦してみる気もなく、ほげーっと読み進めていた。でも、読み進めれば解答を教えてくれるし、はぁ、実はこんな展開だったんだ、とちゃんと裏話も聞けて面白い。犯人の名前が出た時には、背筋がぞくっとしたし、淡々と語られる真相編には背筋が凍るような犯人側の恐怖もかいま見れた。
 他については述べない。とにかく、面白かったし。推理展開に集中して読むことができたし。でもなぁ、動機が薄いよなぁ。この辺り、ミステリー慣れしていないゆえんなのか?

>>11/23-1[日記]教職目指して…… その2

 まだ雲行きが怪しくならない教職道。昨日は、工学部の学務係を訪れることにした。工部所属だから真っ先に工学部の学務係を訪ねるのが本筋だったのかも知れないが、後になってしまったのは申し訳ない。
 その前に、ちょっと本屋に寄った。教員採用試験を突破するための本がズラリ。あぁ、ここでも試験なんだなぁ、受験生みたいに。その本の中で、教職免許の取り方のコンテンツがあったので読んでみる。なになに、大学じゃなくて、通信大学でも取得可能? ただし、大学を卒業した人にそれを認めているとかそう言うこと。確かに、卒業後にそうやった方がいいかもしれないね。普通は、大学で取得するそうで、教職免許の種類について事細かに解説されていた。
 で、工学部の学務係到着。正面玄関から入ったのに、何故か裏口にでて、もう一つの裏口から入るという構造。外便所の入り口かと思ったよ(失礼)。そして、担当の人とお話をする。
 まず、工学部で取れる教職免許についての話。やはり、高校-工業のみで、高校-情報は取得不可のようだ。まぁ、高校の情報の先生になって、毎日WordとExcel教えててもねぇ、夢がないよねー、とか言ったりして。工業を取得して、工業高校赴任しても、なんだかなー、なので、やはり工学部で通常の手段での取得は不可能な様。
 一つ驚いたのが、教職免許を交付するのは、国じゃなくて県だと言うこと。自動車免許もそうだけど、教職免許もそうだったとは。とどのつまり、県教育委員会の交付許可が出れば取得できるとのこと。
 これから、工学部以外の講義、つまり理学部や教育学部、教職の講義の単位を取得して、教育実習に出向いて、その単位で県教育委員会が認可してくれれば取得という形になる。
 まず、理学部に出向いて、どのような単位を他学部聴講させてもらえるか調査しなければならない。そして、工学部の教務委員による他学部聴講の許可、つまり学部の授業に支障が出るのにそんなこと許さない、と言う許可だ。加えて、他学部聴講させてもらう理学部の方の許可、これは講義を行う教授に直接尋ねればよいようだ。この二つの許可をいただいて初めて他学部聴講が許可される。時間割が会わなければ元も子もないのだが。
 次に、履修して単位が取得できると分かれば、県教育委員会にこの単位で教職免許を交付していただけるか相談しなければならない。その正式な許可が出て、やっと履修となる。なんとなく、この県教育委員会への申請が一番大変な気がする。だって、わざわざ俺一人のために相談していただくことになるのだから。なんだか、大事になってきそう……。
 最後に、全ての単位を取得し、教育実習を行った(確か夏期休業中に行うはずなのだが、工学部に他の学科と同じ夏期休業が存在するのか不明)状態で、四年次卒業前に県教育委員会に工学部学務係(教務係だったかも)を通して申請。これが認可されれば、俺に「高校-物理」の教職免許が交付されるわけだ。
 さてはて、抱える課題は以下の通り。

  1. 時間割が合うかどうか
  2. 工学部教務係が他学部聴講を許可してくれるか
  3. 理学部の教員が他学部聴講を許可してくれるか
  4. 県教育委員会の指定する単位を取得できるか
  5. 無事単位を取得できるか(努力あるのみ)

 金曜日の空いた時間に理学部へ尋ねに行く予定。早く取り次いで、県教育委員会にも持ちかけねばならない。どこなんだろ、と、県教育委員会のHPを見ていると、おぉメールで相談できるではないか。わざわざ出向かなくて済むかも。
 現状はここまでです。これからどうなるか不明。時間によってはかなり今の生活を変えねばならないかも知れない。

>>11/22-1[本]読了『脳を知りたい!』野村進2001
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4104445010/
 『脳』とは何か。そうだよ、お前だよ。この考えている、文章を組み立てる、読む、すべての行動は脳がつかさどり、すべての人間の根源は脳にこそ存在する(本書ではそれを否定しているが)。それほど『脳』は身近だというのに、どうしてこれほどに解明が進まないのか。所詮『脳』で『脳』を見ている限り、それは不可能な気がして仕方がないのだが、でも『脳』に対する研究は日進月歩を続けている。
 早期教育、幼児のときから英語、数学、百人一首の暗記をされてきた子供たちは、大人になってどうなったか。うつ病とはどういう常態か。環境ホルモンが知能にどう影響するか。睡眠障害は何によるのか。人はどうやって言葉を発するのか。アルツハイマー病とは何か。これらの疑問を『脳』という分野から解き明かす、ドキュメンタリーである。
 早期教育、つまり頭のよい子を作るプログラム。今現在でも英語は幼いときからと呼びかけられているが、それは実際に功を奏するのか。いつかは親になると考えると、それが良い様にも聞こえる。英語は言語だから、言語をつかさどる『脳』は押さないときに発達してしまうから、大きくなってからは無理だ。それを本書は否定。いや、確かに学び方は違うが、無理ではない。それにしても『脳』は不思議である。
 すべての問題がまだまだ未解決の『脳』。俺自身、これを読みながら、『脳』のアルゴリズムに思いをはせることが何度かあった。現在『脳』研究に柱となる理論は少ない。ほとんどが観測的なものしか現れてきていない状況である。自然への研究はこれほど進んだというのに、『脳』はどうして進まないのか。そして今、新しい観測法が確立され、そこからさまざまな研究分野が脳前線へと参入。俺も参入したい。
 俺は『脳』は考えるマシンだと考える。所詮マシンだから、何か『規則』が存在するはずだ。そう、DNAが生物の設計図とされたときもそうだ。現在、設計図とされているDNAの読解が最先端科学として名をはせている。ならば、いつか『脳』だってそういう『規則』が発見され、そして読解されるのではないか。いや、ここで俺は別のアプローチを試みたい、情報学科の学生だから。最も『脳』の働きに最適な『規則』をアルゴリズム的に発掘することが、『脳』を明らかにするのではないか。ニュートンがりんごが落ちて『りんごが引っ張られている』と発想したように、実は単純な理論がそこには存在するのではないだろうか。俺はそれを研究してみたい。今までのノイマン式とは違った新しい情報処理のあり方を。
 と、そんな夢を『脳』の研究は与えてくれる。

>>11/21-2[日記]小説書きの日。

 やっとこさ、今度部誌に載せるための小説のプロットを最後まで書き上げる。うっわぁ、恋愛小説だし、また。『僕と、僕を支配するもの』ほっといて書こうとしているけど、プロットの段階で31節に分けてしまった。1節辺り原稿3枚ペース以上になるから、100枚越えになっちまう。うぅ、プロット短くするか? 時間を割いて努力するか? 100枚って一気に書き上げられるレベルじゃないし。今日は6枚書いた。うおっし、火曜日がんばろー、で、今日は寝よう。

>>11/21-1[パソコン]正しいHTMLを使おう その1

 目指せ! 正しいHTML使いに!
 気づいたのだが、いや、もっと前から気づいてはいたのだが、俺のサイトは正しいHTMLの使い方をしていない。例えば、簡単に一つあげれば、比較的よく使われる<BR>と言う命令タグ、これの本来の意味は「改行」などではなくて、「強制改行」だと言うことだ。いや、知ってはいたのだが、昔からのクセと言う奴は恐ろしくて、<BR>と言う命令をしょっちゅう使っている。本来の文章の綴りで言えば、<BR>は本来使わなくても良いタグであり、論理文章を書くにはそれ以外の様々なタグがサポートされている。
 ↑ホラ、また<BR>使ってる! これは私の使っているホームページ作成ツールの仕業である(言い訳!)。実際の所、こういうのに対しては<P>と言う、パラグラフ、つまり段落を示すタグを使うべきなのである。そして見出しとしては<H1>タグを使い、その下にさらに仕分けがあれば<H2>を用いて、その下に本文となる<P>タグを用いてから文章を綴るべきなのだ。
 つまり、HTML自体は本来文章の背格好を操るものではなくて、文章の構造を操るものなのである。その利点は、ブラウザに依存せず文章を表示できる点にある。文章の論理構造をその形態に合わせて表示できる。例えば、PDAや携帯などの画面スペースの限られた環境でHTMLを見る場合は、この効果は一層引き立つものだし、かつデータベース化も容易であろう。
 にもかかわらず、俺のサイト含む数々のサイトは論理構造なんてものに気を遣うはずもなく、カッコイイ見栄えのために、空間制御的便宜のために、HTMLが使われている。例えば、俺のHPのこの左右分割とか、topの配置とかは全て<TABLE>タグを用いている。<TABLE>タグは特に機種依存性の高いタグである。こんな配置の為に使われるなんて開発者はつゆにも思っていないことだろう。まぁ、俺もこうやって使えることが分かった時かなり感動して今もまだ使いまくっている訳なのだがな。
 だが、現行としてこのHTML見栄え主義は盛況している。だって、今はパソコンがHTMLを読む最大のツールである。俺のサイトだって携帯端末なんかで読んでいる酔狂な人がいれば会って見たいものだ(あっ、ちなみにはてなダイアリーだったら読めるのだが、文章量からしてパケ代が馬鹿にならないのでおよしなさい)。だから、現状で不便はないのであり(不便している人がいたら申し訳ない)、その為のタグも現状として増えてきている。
 だけど、実際に正しいHTMLの使い方をすればそれこそ実は便利で綺麗に配置されるのではないかと思ったりもしているわけだよ。俺はフレーム嫌いだから現状があるわけだけど、フレームが嫌いな理由である狭さとか、遅さ、見づらさの観点はブラウザやWebを取り巻く環境が改善され、少なくなってきている。携帯端末ではまだ難しいが。
 よって暇があればHTMLの研究に励んでみようかと考えている次第。時間節約のために利用しているこのホームページ作成ツールも実はちゃんとHTMLを執筆すればさほど苦にはならないのではないか。
 さらさら携帯端末向けを作成する予定はないが(利用価値がないから)、これらの俺が書いた文章をデータベース化しやすくするための手段にはなるだろう。かつ、これが広まればHTMLを取り巻く環境自体が便利になるに違いない。まぁ、それの行き着く果てはブログな気がして仕方がないが。
P.S. 俺の愛用していたHTML本は何処に行ったのだろう。誰にでも貸しているから、誰かに貸したままになっているのかも知れない。もし現在借りたままになってる方が居ましたら、よろしくお返し下さい。あぁ、俺の無責任。

>>11/20-2[日記]教職目指して…… その1

 塾講師なんぞをやっているけど、高校教師もいいなぁ。
 しかし、うちの学部で取れる教職免許と言えば……

  • 高校一種(工業)

 工業って何を教えるのだろ? いやさ、「情報」ですらないのだから、なんなのだろ。まぁ、いい。
 で、俺が高校で教えるとすれば、

  • 「  物理  」

 しか有り得ない。なんだろ、俺を物理の世界に初めに誘って下さったのは、実を言えば中学時代の恩師であるが、俺はその誘いを綺麗サッパリ断ってしまった。今思うと、惜しい事したなぁと思う。で、その次に物理の世界へと誘ってくれたのは、橋元淳一郎であるのだが、それは参考書の話で。最終的に物理の世界へと誘ってくれたのは、やはり高校時代の恩師、担任であるのだな。K瀬センセッ!
 授業は基本的にかったるかったけど。物理のキセキというか、物理の概念を初めて体験したのはセンセの授業で、失敗を重ねながらも賢明に実験して証明して見せようとする姿は好きだった。憎まれ役を買いながらも、そこに溢れる愛情は三年間の担任で最も感じた。
 まぁ、それよりも、物理のすばらしさを高校生に教えたい!そんな情熱で教職を希望するのさ。
 で、物理学の教職免許を取るにはどうすればよいか相談に行ったわけよ。まず、現在いる工学部の授業だけでは取得不可なのは明白。理学部か教育学部の「他学部聴講」は絶対的に必要となる。でも所定の単位を取得して、教育実習を受ければ、不可能ではないらしい、と言うこと。しかし余分な単位を20単位以上取得しなければならない。
 よって、工学部の専門の時間割と、教職の時間割が合うかどうかが問題となる。K大は教職の講義は二年次からしか開講されないので、その辺りはセーフなのだが。要するに高校理科で必要とされる、地学、生物学の単位も取得せねばならない。工学部の物理、化学の単位は取得しているが、それが教職の一般物理、一般化学に対応しているかも不明。しかも、工学部から過去に取得した例は一件もないという。
 でも、転学部の予定はさらさら無いし、一年のうちから研究室にお世話になろうとしている身では、時間的に余裕が少ないかも知れない。4年間で考えるのでなく、修士課程を含めた6年間の取得なら可能だろう、と。
 それを先輩に相談してみると

    「時間は埋めるものじゃない、作るものだ」

 そうだね。そうだよ。じゃあ、今一度やってみるか。
 次は、理学部の学務係の相談に行く予定。

>>11/20-1[本]読了『感謝を伝える100の言葉』ディスカヴァー編2004
isbn:4887593511(Amazon.co.jpで扱っていない!)
 感謝すること。それだけは忘れないようにしているつもり。小学生の頃、友達と歩いていて、その途中に通りすがりの大人に道を教えてもらって、友達が『すみませんでした。』、僕が『ありがとうございます。』と、言ったのをまだ覚えている。今もそれは守っているつもりだけどね。
 もし、僕の純粋な感謝が誰かのためになればいい、そんな実際に誰かのためになった、純粋な感謝の気持ちが100載っている。どれも素敵な言葉で、実際に使う機会はないかも知れないけど、その気持ちを少しずつお裾分けしてもらえ亜様な気分になって、幸せになる。
 今の塾講師の仕事、生徒ががんばって成績を上げてくれた時に、「がんばりましたね」と褒めるだけじゃなくて、「僕もうれしいです」と僕からの感謝の気持ちを表すようにしている。実際にうれしいから、実際に言葉にしている。
 いろいろ迷惑かけて、世話してもらって、そのたびに感謝して。その純粋な気持ちを再確認できた気がする。

>>11/19-1[本]読了『放課後の音符(キイノート)』山田詠美1989
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4101036152/
 実に五年ぶりのこれを読んだこのことになる。初めて読んだのは14歳、中学二年生の時。あの頃はまだ初々しくて、本当にドキドキしながら読んだ記憶がある。女子高生ですが大人に見え、いろいろなものにあこがれを抱いていたあの頃だ。
 で、しっかり五年が経過して19歳。主人公も17歳でいつの間にか年上だ(笑) それは仕方がないと思うのだが。何分今読み返して思うのが、こんな説教臭い本だったっけ? とか、登場人物みんながみんなポエマーだなぁ、とか、あぁ初々しいのぉ、とか。その間に俺は俺でいろいろな経験を続けてきたわけで、同時に綺麗にならずに汚れてきたのだなぁ、と言うのも率直な感想。読んでいてある意味笑いすら誘われるし、生命倫理学の講義中に読んでいたのだが、人体実験のお話の最中にニンマリしてしまったのはいただけない。
 などと、ロマンの欠片もない事を書いたが、確かに中学生で初めて読んだ頃はとても新鮮で、静謐な大人の世界が顔を見せたかの様な、そういうものだった。だから、中学生か高校生が読むには良いだろうが、高校を過ぎるととたんに読めなくなる。結局、今の中高生にも是非読んでもらいたい一冊ではあるのだが。

>>11/15[日記]基本情報技術者試験合格!

二度目の正直でちゃんと合格。
おう、これがお国に認められた国家資格。
ゆえ、俺は国家資格所持者。パヤパヤ。
次なる資格は、
ソフトウェア開発技術者か。それとも原点回帰初級シスアドか。
次の勉強が楽しみで仕方がない。

そーいえば、
実はこの前免許センターに免許の試験受けにいって、
後1点で落としてしまったのだが。(くやしい)
今回合格したのを聞いて父が、
「難しい試験が受かってどうして簡単な試験が受からないのだ 理解に苦しむ」
ごめんなさい、ごめんなさい。
やっぱり2択の○×より4択の方が僕は得意なようです。

>>11/14-2[日記]ガサツな一日

昨日はサークルの飲み会。
楽しかったさ。でも、街から家に帰るのに徒歩一時間半。
酔って苦しかったから二次会で抜け出してきたけど、
歩いてるうちに酔いが覚めちまった。ちぃ。

で、日曜日。
11時起床。予定通り。
珍しく一日中仕事に励む。
まず、大学の勉学。来週テスト&レポートだし。
次に、大量に高校受験対策のプリントを作る。

温泉に連れて行ってもらう。
うたせ湯が気持ちいい。腰に当てる辺り、年取った?
久しぶり(?)の風呂。体中隅々まで洗う。
久々にスッキリサッパリ。
バイトで夜遅いと風呂にも入れないのだよぉ。

で、疲れた。気づけば、今、24時。
今日は遊んでない……。本も読んでない。

ちなみに、明日は情報処理試験の合格発表。
運が良ければ受かってる程度にしか思ってない。

で、まだ明日の宿題が残ってる。
もう、この英語の授業やだぁ。大変だし面白くないっ!!

>>11/14[日記]痛快講義

毎週毎週、物理系の教授が自分の研究の自慢話紹介にやってくる講義。
今週は、超伝導体について。
また超伝導? と、もう3度目の超伝導。
とある合金を極低温状態にすると
1人目は面白可笑しく実演を混ぜながら理論を説明してくれた。
2人目は低温の作り方から超伝導にちょっと触れた理論の説明だった。

さてはて3人目は?
前の2人を「理論屋」というなら、
この3人目は「観測屋」と言う言葉が似合う。

要するに、「世界一の観測屋」と名乗る教授が、
理論屋が組み立てた理論を俺の観測と違うと言って、
バッサバッサと斬り捨てる講義だったのだ。

自分の観測結果を見せて、
理論屋が持ってきた観測結果と比べて、
この辺りが違うから、こいつは嘘を言っている、と言う。
そして自分の新理論の提示は曖昧に済ませる(笑)

熱力学の方程式、これは嘘を言わない。
だって、俺の観測がそれを証明しているから。
だからこれを元にこの理論を観測するとあいつの理論は間違っている。
観測せずに理論だけでグラフを書くから現実と違うんだ。
俺は計算物理(コンピュータを使ってシミュレーションして観測する物理学)は
信じない。だって、それは現実でなく理論なのだから。
実際観測しなくちゃ分からない。
ほら、これも違うだろ。

痛快!!!
エラソーに喋った今までの教授達が馬鹿に見えてくる。
繊細な知能派が肉体派の力押しに負けてしまう様な。
リング上のボブサップがこともなげにボカスカと殴る様な。
そんな痛快さ。
だって最近注目さえた計算物理学も批判するんだもん。
情報科の俺の立場無いじゃん。

>>11/12-1[本]読了『君の手紙に恋をした 大人のレター教室』中谷彰宏1997
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4569575323/
 手紙って良いね。メールよりさ。
 ちょっとこの前に、好きな女の子に「元気?」っていうような軽いメールを送ったのだが、忘れ去られたかの様に返事がこない。ありゃりゃ。と言うわけで、直筆の手紙を書いてやろうと画策しているのだが、いっこうに時間が取れない。いや、こんなもの書いてる時間に手紙を書けばよいのだけど、そうだ、明日のためのレポートを提出するのはもう諦めて、手紙を書こう。
 この本は、手紙の良さを再確認させてくれる。特にこの人の場合は、毎日合っているにも関わらず、毎日手紙を書いている。そんな阿呆なとか思えるけど、でもかなり素敵なこと。手紙“でも”思い合っているのだから。こんな時代だからこそ、直筆の手紙なのかも知れない。
 と言うわけで、ものすんごく単純な理由で手紙を書きます。
P.S. 君をニヤニヤさせるために、君に手紙を書きます。

>>11/11-1[随筆]インターネットは害! そして、今

再掲&昇進「インターネットは害!

そのくらい、これを読み直したくなるくらい、ネット依存症。
自分の時間が奪われていく。読書の時間の筈が奪われていく。
仲間となれ合うはずだった時間が奪われていく。
インターネットによって。
持ちえる無限の情報。しかし、それは既に目的となってしまっている。
インターネットで時間をつぶすのは最も楽な時間の過ごし方。
そして苦しい他からの逃げである。
そんな状況に俺を置いたのは誰だ、全く自分に過ぎない。
インターネットは害だ。
おかげで図書館で調べるという習慣は付きにくい。
読書、音楽への時間が回せない。
手軽な快楽が目の前にあるから。
人が作ったコンテンツを読み続け、ただ意味もなく時間を過ごす。
目的は既にすり替わっている、嫌なことから逃げることがインターネットの目的。
ダメだ。自分はもっと能動的にならねばならない。
まず、環境打破。
この生かされている状況から抜け出なければならないのではないか。
もっと活動の場を増やさねばならないのではないか。
もとい一カ所に留まっているタチでは無かったのではないか。
安定を嫌うのではなかったのか。
あぁ、不甲斐ない。
この大学に不満に思い始めた昨今。
大学の裏の姿が垣間見え始めた今、どうして無意味なものに縛られ続けるのか。
まずは、インターネットの時間を少なくしよう。

>>11/10-2[日記]今日の宿題

1、金属結晶では、純粋な金属より、合金の方が堅い場合が多い。理由を考えよ。
2、電気伝導度が温度上昇とともに、導体では下がり、半導体では上がる理由を考えよ。
3、イオン結晶は、固体の状態では絶縁体であるが、水煮とかして溶液とすると、電気を導くのはなぜか。
4、ダイヤモンドが透明で、その同素体であるグラファイトが黒色であるのはなぜか。
5、炭素の同素体であるダイヤモンドやグラファイトはどのようなな液体にもほとんど溶けない。しかし、同じ同素体であるC60フラーレン分子はベンゼンに容易に解ける。なぜこのような性質の違いが出てくるのか。

ふぅ。
あの、俺、情報学科の学生なんやけど。

番外編(某教科書の問題)
クレタ人が
「クレタ人のうちある預言者が
『クレタ人は、いつも嘘つき、タチの悪い獣、ナマケモノの食いしんぼう』
と言っているが、この非難は当たっている。」
とパウロは書いている。本当にその通りなのだろうか。

これらマジメな宿題。ホンマに。

>>11/10-1[随筆]音楽を聴く幸せ

最近、音楽を聴く時に、音楽を聴く専用の時間を設けた。
読書しながらとか、PC触りながらとか、掃除しながらじゃなくて、
ただ、音楽を呆然と聴く時間というのを作ってみた。

音楽って本当に良い。
オーディオもONKYO製でかなり満足。
かなりの音量で聞く。
すると、アーティストの息づかいまで聞こえてくる。
個人で楽しむには贅沢すぎる空間。

技術の無駄遣いなどとか思いながら、
鳥の詩を聞いてみる。
久石譲を聞いてみる。
ヤイコを聞いてみる。
JazzPianoを聞いてみる。
現代クラシックを聞いてみる。

音楽の良さを再確認する瞬間。
ただその音楽に包まれる時間の贅沢。
感じるままに音楽を楽しむ自由。

読書する時間が音楽を聞く時間に回される。
音楽を聴けるのは音量が大きいため、夕方四時までに設定している。
だから、それからは読書とPCの時間。

前は、音楽好きだよね、と聞かれて、うん、とか答えるけど、
本当にそうなのかという疑問が残って仕方がなかった。
でも今は、この一人で楽しむ音楽が好きだ。

*所持CD150枚越え記念エッセイ

>>11/9-1[日記]VSチョコレートコロッケ

K大学(笑)の学食にて。
『来週から北海道フェアーが始まります』
まぁ、良くありふれた宣伝なんさ。
前は沖縄九州フェアーやってたし、
その時大したものはなかった。パイナップル程度。
で、今回の北海道フェアー、そのメニューとは……
・鮭漬け丼
・札幌ジンギスカン
・鮭フライ
・チーズインコロッケ
・チョコレートコロッケ
・いか刺し割烹
・牛トロ丼
・チャンチャン焼き
・和風鮭竜田揚げ
・開きホッケ
・ 帆立の照り焼き丼
・ 斉藤さんちのメンチカツ
・ 真いかごろ野菜炒め
・ ジンギスカンコロッケ
気になるもの5つ。
1,斉藤さんメンチカツ
2,チョコレートコロッケ
3,牛トロ丼
4,チーズインコロッケ
5,ジンギスカンコロッケ
1について、
まず、『斉藤さん』って誰やねん。
次、なんで北海道でメンチカツ?
2について、
まず、存在そのものを否定したいのですが、よろしいでしょうか?
で、どうして北海道と関連があるのかなんか気にならない、
それより、どうやって作るのか、どういうものなのか、
そーんなことばかりに気を取られるばかり。
3について、
北海道って、酪農だけじゃなかったっけ? 要するに乳牛……。
4,5、コロッケだから、無条件で。
いや、札幌とジンギスカンの関係性についても気になるけどさ。

いや、もう言うまでもないでしょうけど。
俺は大のコロッケ好きだから。
今でも肉屋が有れば必ず覗くし、
コロッケが売っていれば審議の余地もなく購入するし、
そしてその場で食べるし、
1日3食コロッケでも飽きない人だし、
旨いコロッケもたくさん知ってるけど、
好きすぎてどんなコロッケでもコロッケであれば食べたくなる。
と言うことを条件にお読み下さい(笑)
いや、好きなものは好きなんだよ(はぁと)

で、今日から北海道フェアー。
普通に、『北海道フェアー』というなんのひねりもなく、
そして雄大な牧草地が描かれた垂れ幕が飾られる。
さてはて来ました、VSチョコレートコロッケ。

チャキィィィン。
見た目は普通のコロッケかと思いきや、
形は普通のコロッケなんだけど、
衣の付きが悪いらしくて、本体の“茶色”の部分が所々顔を覗かせる。
そして紙に包まれ、その紙を持って食べて欲しいことらしい。
ズババァァァン。
手で持ってみると、どうやら温かい。
持った感触はファミリーマートの牛肉コロッケと大差ない。
と思えば、それは衣の感触で、
ちょっと強く握ると形が崩れてしまいそうに柔らかい。
ドキャァァァン。
そして口へ運ぶ。食べる。サクッから瞬間的にネトッ。
菓子パンの中に入っている様なチョコレートクリームが衣に包まれている。
衣の油分とチョコレートの油分が同時に襲ってくる油っこさ。
でも、温かい中の甘さはネトッとしたココアを味わう様。
ジュワァァァッ。
えっと、病み付きになりそうな予感です。
この期待を裏切る甘さと脂っこさのコンビネーションが決して不快じゃない。
俺はコロッケとしては認めないが(この辺重要)、新種のお菓子としては認めようぞ。
また今度食べよう(笑)

で、同じそれを食べた友人の判断では、
酷い、食えたものじゃない、そうな。
コロッケとしては認めるが、食べ物として認めないと言われた。
こんなものコロッケとして認めるなや!
でも、本当に人を選ぶ、と言うか一部の人だけを囲うキテレツお菓子でした。

ちなみに、コロッケとは、
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?kind=jn&MT=%A5ウ%A5%ED%A5テ%A5%B1
だそうです。
ちなみに、斉藤さんメンチカツはまだ並んでいない模様。
でも、このメニュー、結構どこの大学生協でも販売してるみたい……。

>>11/7-1[日記]小説×愛×創造

えっと、勝ちましたよ~。
というのは、QBOOKのとこの学生テーマ付き千字の話。
わーい、うれしい。まずそれだ!
やはり投票していただき、選ばれるというのはうれしい。
間違いなくうれしい。

で、自分の作品を見直してみる。
「青人空コンクリート」
それなりに自信があった、
と言うより、いつもの作品より気に入っていた。

そうなのだ、結局の所、自信は自分の気に入り具合による。
分析すれば、自分のセンスに適合した作品を生み出せたか、となる。
舞台は千字小説。かなり限られた世界。
ゆえに、この千字の世界で発揮できるモチーフは多数組み込めないと思っている。
だからいつも一つのモチーフに思いを巡らせて、瞬間的に書く。
実際、千字一つに対して構想は一週間とか一ヶ月とか、
そのくらいの期間、まずモチーフを暖めて我がものとする。
でも、たった一つのモチーフ。
それを執筆するのはまさに瞬間的行動。
大抵、10分かそこらで執筆終了。
もう千字の量は掴んでいるから自然に千字で終了する。
読み直すこと3度。細かい修正を加える。千字に微調整。
声に出して読み、そして印刷。再び読む。
そして完成、公開、投稿。
これがいつものサイクル。

大抵、モノになるかならないかは構想の段階で決着が付いている。
10月分の投稿は2作。
『青人空コンクリート』と『いつもの本屋、ミステリーの棚の前』。

前者はまさに理にかなっていた。
モチーフは一つ「天高く落ちていく」。残りの文章付属品に過ぎない。
上下逆さまの世界の描写、
他人が落ちていく描写、
天の途中で止まる描写、これらはまさに付属品。
真に書きたかったのは天に落ちていくその不思議。それだけだ。
付属品も構想の段階でかなり考えた。
それに執筆の時に“波に乗った”。だから、書けた。
不思議、これらが“運良く波に乗った”それだけの様に感じる。
まぁ、それだけこのモチーフを愛していたのだろう。

後者は明らかに失敗だろうと思った。
でも、投稿した。後で申し訳ない気分で一杯だ。
モチーフは一つ「本屋での妄想」。付属品に頼らざる得ないモチーフだと覚悟した。
だが、その付属品が完成する前に完成の烙印を押してしまった。
要するに早まったのだ。
この付属品には技術が必要で、その技術習得を待たずして、作り上げてしまった。
自覚するほど、不細工この上なし。
もちろん自分の不作法が分かっているので、自信もなく、
そして愛してもいない。なんということだ。

つもるところ、
自分の執筆活動はモチーフを愛するがゆえに書いてしまうのであり、
その自己愛が無ければ書きもしないし、書く意味もない。
もとい気分屋のタチである自分はその愛を失ってしまえば書くこともできない。
長編執筆中の筈の『僕と僕を支配するもの』は筆が止まったままだ。
要するに今は愛していない。だから創造できず、止まったままだ。
継続する力がないのだ、ようするに。
何時までも愛し続ける自信がないのだ、自分の創造したものに。

だが、いつも一つだけ愛し続けられるものがある。
常に「タイトル」だ。
まだ自分のタイトルを付けるセンスを疑っていない。
タイトルを一挙に連ねてみよう。

いつもの本屋、ミステリーの棚の前
青人空コンクリート
カガクシャ
「人殺すんだけどさ、手伝ってくれない?」と唯一無二の親友は言った。
Battle! Battle! Battle!

僕と、僕を支配するもの
私暦~わたくしごよみ~
Mikado
ボクは黒子。よろしく。
冒険家の親父の手のひらの上で
ムンクの叫び2
Replay
ムンクの叫び

これだけは自分で価値があると思いこんでいる程の気に入りよう。
気に入るほど悩み続けて、最終的に直感で最もしっくり来るものを付ける。
それで大抵気に入る。いや、気に入るまで繰り返すが正しい。

で、今日は何が言いたいかというと、
気に入るものしか書けないと言うことだ。
それは単純に技術が未熟なだけかも知れない。
でも、千字の世界においては技術を無視して書けてしまっている様な気がしてならない。

>>11/6-1[本]読了『ハードボイルド/ハードラック』吉本ばなな1999
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/434440159X/
 ちょっと思った。失礼かも知れないが思った。……イラストが付いていない方がいい。珍しくイラストが付いているのだが、このイラストがあると逆にしらける。
 内容については相変わらずな面白さ。相変わらずな設定。相変わらずな人情。そんな気がして、新鮮みは薄かったなぁ。他の作品の方が面白いと感じるし。でも一つ思うのが、他の作品より読みやすいと言うことだ。余分なクセが抜け落ちて、シンプルにスッキリした感じ。入り込みやすい。けど、それだけ。
 テーマは「癒し」と言うことですが(前にもそう言っている作品を見た気がする)、そこまでいやされなかったなぁ。発行年も99年で、確かにそう言うブームだったかも、とか思いはするのだが、それよりもこの本は人情が面白い。その点だけ他の作品と変わってるかな。関係、ではなく、人情って辺りが今までと違うところ。でも、イラストでしらける。
 いやーなんか荒探ししてる。イカンイカン。

>>11/5-1[日記]VS満塁ホームランカレー大盛

俺の好きなカレー屋は前に紹介したとおり。
卒検に受かった記念にそのカレー屋で一番高いカレーを注文した。
その名も、
「満塁ホームランカレー」
他のメニューは、カツカレーとか、コロッケカレーとか、ハンバーグカレーとか、
そう言うトッピングなんだろうなぁ、と分かるものばかり。
しかしその中に一つだけ、
「満塁ホームランカレー」は整然と輝いて存在していた。
一杯850円。そうさ、今日の俺は頼んでやるさ。
よく、常連さんっぽい人がメニューも見ずに「ホームラン」と略して頼んでいる。
さぁ、俺もその常連さんの仲間入りに。
「ホームランカレーの大盛り、一つ」
と、ついに頼んでしまった。しかも大盛り。値段にして950円。
待つこと五分。その「満塁ホームランカレー大盛」は俺の前に運ばれてきた。
どちゃりとご飯の上に乗ったカレーの上に、様々なトッピングが並ぶ。
ハンバーグ、コロッケ、ソーセージ、トンカツがカレーから溢れんばかりに!
満塁ホームラン=全てのトッピング、そう言うことだったのね。
食べる食べる食べる。
なんだが、カレー食べると言うより、トッピングを食べてる感じがする。
トッピング重すぎ。
食べる食べる食べる。
あっ、ご飯とトッピングだけになっちゃった。
食べる食べる食べる。
ぐふぅ。もう嫌。もうホームランは頼まない。
そのカレー屋はカレールーがとても好きできているのに、
カレールーではなく、トッピングしか堪能できなかった。ぐふぅ。
これからは、普通のカレーに大盛りを頼むことにしよう。
で、レジで、千円札を渡すと、帰ってきたのは50円玉一枚。ちーん。

>>11/3-1[本]読了『きらきらひかる』江國香織1991
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4101339112/
 文庫の裏表紙に書かれている話のあらすじが陳腐に思えるほど、純度100%の恋愛小説であった。
 何がともあれ、「痛い」のだ。ここまで「痛い」とか思ったのは、変な話『君が望む永遠』以来であり、でもあれとは違う、三角関係が「痛い」のとも違う、こうせざるを得ない状態が「痛い」のか。あぁ、的確な表現が見あたらない。不完全な人間が二人いて、その二人が愛し合うにもお互いの欠陥で崩し有ってしまう、なんとも。まともな恋愛を経験していないので実際どうとか何とも言えないのが正直なところ。
 「痛い」と感じるのは実は間違っているのかも知れない。何を隠そう、俺はこの物語を理解するまでに至っていない。理解できるほど年月を俺は持っていない。でも、その恋愛小説は面白いとも思うし、儚いとも思うし、その脆さに共感する場面もあった。
 だからなんだ。今までの趣向とは違う物語を読んでみて、抵抗を感じつつ影響を受けちまった訳だよぅ。

>>11/2-2[本]読了『空飛ぶ馬』北村薫1989
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4488413013/
 改めて、ミステリーって面白いな、って思った。
 日常の一コマも、パラリと一枚捲ればそこは不思議な世界に溢れている。いや、異世界がどうとか言う話ではなくて、日常に素朴に怒る不思議な出来事、これで言えば、喫茶店で砂糖をたくさん入れる女子高生(だったっけ?)とか、幼稚園に贈られた木馬が一晩だけ消えるとか、そんな些細なこと。でもその些細なことの中にミステリーが溢れてる。いやホレ、やれ密室~だの、やれ殺人~だの、そう言ったものこそミステリーだ!なんてイメージがあったもんで、こんな日常系(?)ミステリーも良いなって思ったわけよ。そう、俺もミステリー書いてみたいなって思わせられたのさ。
 それにしても、この人懐が大きい人だな、ってのが最初の驚き。主人公に密着しすぎているんだもの。主人公の考える些細な出来事まで手回しが及んでいて、日常がはっきりと書かれすぎている。だからこそ、ほのぼのするわけだけど、それがあってこその、日常系ミステリーかなとも思う。指輪物語の作者(だったかな?)が妖精の言語の文法まで考えたってのもあながち嘘じゃないだろうな、と思わせるこの作者の描き方。等身大の女子大生。解説で、書いてるのが中年のオジサンって分かった時、俺もびっくりした。
 日常を見る時、これは不思議だな、っておもったらメモしよう。それからミステリーを書いてみよう。日常系ミステリー(笑)

>>11/2-1[日記]自動車学校卒業!

やっと卒業。
入校したのが8月だから、えらい長くかかってるような。
ぼちぼち通ってたものだから、うん。

にしても、お世話になったS出さんには。
一番最初の教習をS出さんに担当してもらって、
そのあいだにも、2度担当していただいて、
一番最後の教習もS出さんに担当してもらった。
本当にいい人。俺の中では、鷹の目のS出さん(笑)
「近くを見るな、遠く遠くを見るんだ。猟銃の目で向こうを見るんだ!!」
「俺は今お前の緊張をどうやって解こうか考えてる。お前も考えろ!!」
熱く厳しく、時には優しく。ちゃんと指導しようと言う意志の伝わってくる方だった。
19時間目(通常は最後)の教習はS木さんだったんだけど、
「お前このままだったら落ちるぞ」
とか言われて、自分もそう思ったので、検定受ける前に自由教習を受けた。
その日、受付で「22号車です」と言われた時、本当に俺の胸は高鳴った。
23号車がS木さんで、22号車がS出さんだともう覚えちゃってたから。
で、事実上最後の教習はS出さん。ほとんど遊覧ドライブ状態。
気持ちよく走らせてくれた。余分な教習料金払ったって構わないと思った。
「明日がんばれよ」と、最後に言ってくれた。いや、月並みにみんなに言うだろうけどね。
で、今日の卒業実技検定の前にも、食堂で俺を見かけると、
「どのコースになったんだ? そうか。お前なら楽勝だろ!」
最後に自信を与えてくれた。
その上、50代位のオジサマ笑顔がなんとも素敵に見えたものだ。
本当に、S出さんにはお世話になった。

まぁ、自動車教習だから、嫌いな人もいたわけだけど、
なんとも、今日でおさらばと思うと、ちょっと寂しいものだったりもする。


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