いつもの本屋、ミステリーの棚の前

南 那津   

 いつもの本屋、ミステリーの棚の前。時間を持て余している時は気がつくとここに居る。テレビも見ない、雑誌も読まない僕にとっての楽しみと言えば、ミステリー小説としか言い様がなかった。今家にある本はすでに読んでしまった、だから新しく買いたいのだが、如何せん先立つものが少なすぎるのだ。
 僕の隣で同じように棚に目を移す女性が視界に入る。大学生くらい、眼鏡をかけた穏和そうな女性だった。僕のすでに読んだ本を手に取る。あれは確か、殺された本屋の店主が抱えていた本が犯人を示す謎解きとなっているものだった筈だ。その作者の物を特に愛読しているわけではないが、一通り全て読破はしている。
 ふと、

僕はこの女性を殺せるだろうか。

 条件は、中規模書店、本棚の高さは人の身長より大きい、人の入りはまばら、防犯カメラは無い、周りには本ばかりしかない、僕の鞄の中にはあいにく財布と折りたたみ傘とラジオ、女性は細めで薄手のコートを羽織り背は僕より少し低い程度今は本を探しているため少しかがんでいる。
 凶器は、広辞苑、重さはあるが一撃では殺害できないか。ならば鋭利な物、本棚の端に頭をぶつける。いや、手袋がないから必ず指紋が付く。悲鳴を挙げられたらおしまいだ。
 いや、本棚が急に倒れてきたというのはどうだろうか。やり様によっては僕の責任にはならないし、本屋の過失で済ませる事ができる。だが本棚が倒れてきた程度で人は死ぬのか。それなら僕が広辞苑を失敬してきて打撃を加え殺害するのと同じタイミングで本棚が倒れてきたらどうだろう。悲鳴を上げても僕の殺害か本棚の襲来かこれなら判りまい。ここはミステリーのコーナーだから広辞苑は僕が買って帰らねばならない。もちろん、証拠隠滅のために。
 次、どうやって本棚を倒すか。第一この本棚が自然に倒れる術はない様に思えるが、僕がやった様に見えない倒れ方をすれば、自然に倒れたで決着してしまうだろう。殺害と同時に本棚横に回り、折りたたみ傘をてこの原理で利用すれば非力な僕でも倒せるか。この行為は人に見られる危険性が高い上に、もとい成功する保証が全くない。こんなトリックの物を出版すればネットで相当叩かれるだろう。やはり私は作家じゃなく読者だな。
 結局未完成。いつの間にか隣の女性はいなくなっている。結局あの作家の本は購入した様だ。お金があれば購入したいところだが。
 待てよ、

あの女性は僕を殺す事ができたのか。

あとがき。

今回も千字投稿作。
のはずが、納得のいく出来にならなかったので保留。
またトリック部分を書き直して同じタイトルで公開するかも。
このタイトル「いつもの本屋、ミステリーの棚の前」は結構気に入っている。

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