僕と、僕を支配するもの


君はロボットなんだ。

初老の医師は自慢げにそう言った。
疑いようのない証拠を提示され、僕はその事実を受け止めた。
亡くなった伸という人間の代わりとして生きて欲しい、と言われた。
そう生きるしかない、医師の言葉をそうとしか聞き取れなかった。

僕が再び目覚めたのは病室のベットの上だった。
そこには中年の女性、伸の母がいた。
泣きついてきた母に、母だと知っていたけど、どなたですか、と言った。
言葉を失う母、罪悪感が込み上げてきた。
記憶喪失です、
フリをするのは簡単だった。
半年ぶりに目覚めた伸はひどく歓迎された。

母が一番に知らせたという、千世と言う女の子が現れた。
記憶喪失です、
千世は目を伏せながらでも笑ってくれた。
千世はあなたの恋人、そう千世が言った。
邪険には思わなかった。
なんだか嬉しかったし、伸という人間に安心した。

千世はそれから毎日やってきた。
花瓶の花を替えたり、お菓子を作ってきてくれたり、そのたびに千世は伸という人間と千世の思い出話を聞かせてくれた。
千世はいつも、早く記憶を取り戻してね、と言った。
僕は、思い出すフリをした。
千世を騙していることになるけど、僕は伸なんだ。僕も千世のことが好きになった。
早く伸になりたかった。

数日後外出を許可され、千世に連れられて初めての街に繰り出した。
僕の知らない数々の思い出の場所達。
千世はとても楽しそうだった。
それだけ伸が好きだったのがよく伝わった。

千世が言う一番の思い出の場所に着いたとき、そこで千世は僕にキスを求めた。
そうすれば思い出すかもしれない、そう言う千世の瞳が僕を見据えていた。
そんなかわいらしい話に、伸として僕は受けようと思った。

とたん、

僕は千世を突き放していた。
千世は、とても悲しそうな目をした。
千世は本当に伸しか見ていない事実に、遅かれ気づいてしまった。
だから、違う気がした。
僕は伸であって決して伸ではない、なれない。
思わず千世にすべてを話した、僕は千世が本当に好きになっていたから。
千世はしばらく悩んで、それでもかまわないと言ってくれた。
素直にうれしかった。
でも、ごめん、僕がだめなんだ。
千世の問題じゃなくて、これは僕の問題なんだ。
僕が僕になるまで時間が欲しい、と言った。

一ヶ月後、僕から千世に会いに行った。
千世は僕を、ロボットくん、と呼んだ。
それで十分だった。
交際は断られたけど、僕はそれで十分だった。
僕は僕を手に入れたから。




あとがき。
まず、フられるものがやりたかった。
とあるノベルでヒトそのもののロボットが恋愛するというものを、愛されるヒト視点でやってたので、
ロボット視点で描いてみました。
ロボット×ヒトには少々抵抗があるタチなのですが、でもいいや。だから失恋にしたんだっけ。

ネタバレあとがき(反転してみて下さい)
正直に言います。美春ネタがやってみたかったんです。
あのシナリオをプレイしたときに、どうしても納得できない箇所があった。
それを実際に書き起こしてみたのがこの作品という位置づけだ。
ただし、その際に読者と作者とで大きな思い違いができてしまったことがある。
作者は、美春の設定をベースに繰り広げているため、ロボット君がロボットであるという意識は全く無い。
いわば、記憶喪失と思いきや実はロボットだった、もしくは、彼は実はヒトで医師の手によってロボットだと納得させられた、
そうイメージを抱くとわかりやすいかもしれない。
ロボット君は完全な思考能力、感情を所有し、子供としての未発達性はあるが、ほぼヒトのつもりで書いたのだ。
それが、ロボットと言う言葉はとても強いらしい。
感情を持ったロボットの話はごまんとあるがそれに対するイメージが強いのか、
「疑いようのない証拠を提示され、」とか「そう生きるしかない、医師の言葉をそうとしか聞き取れなかった。」の辺でそれを表現したつもりだったのだが、
(そのせいで、本題に入らない最初の数行を削る事ができなかった)
人の感想を聞くと、ものの見事に失敗している。
いわゆる、この小説の作者の意図するテーマは、表には「ヒトそのもののロボットの恋愛事情」なんて書いたが、全くの嘘。
「人の身体だけを受け継ぐ事になった少年」である。
ちなみに、第一稿はこうなっていました。
−−−
 目覚めると、僕はベッドで寝ていて、中年の女性が「伸ちゃん」と言って僕に泣きついてきた。訳が分からず僕は辺りを見回した。ここは病院、目の前の女性を知らない、僕は自分の名前が伸だと知らない、これらのことから冷静に記憶喪失なんだなと思った。
 母親らしき女性にそのことを告げると、とても悲しそうな目をした。何か悪いことをしている気分だったけど、僕にはどうすることもできなかった。どうやら僕は学校の帰りに交通事故に遭い、一ヶ月意識不明だったらしい。
 僕の目覚めの知らせが学校にも届いたのか一人の女の子が現れた。母親と同じように僕に泣きついた。彼女が言うには、僕と彼女は恋人同士だったらしい。彼女はいろいろと僕の世話をしてくれたし、事故に遭う前の写真を見せてくれた。僕はなにも思い出せなかった。思い出す気色は全くなかった。
 彼女は僕にキスを求めた。でも今の僕にその資格はないと思い、断った。彼女もまた、とても悲しそうな目をした。今の僕は彼女に対して恋心などなかった。
 初老の医師が僕に「君は実はロボットなんだ」と告げた。僕は冷静にそれを理解した。確かに僕は理解が良く、計算や記憶も早く正確なことを疑問に思っていたところだった。驚かない僕を見て「やはり私が作ったロボットなんだな」と言った。最新技術を使い、死んだ伸の体をベースになるべく伸の姿を再現して、僕を作ったという。両親にはいずれ話すらしい。
 彼女は毎日やってきていた。花瓶の花を替えたり、お菓子を作ってきてくれたり、その度に彼女は伸という人間と彼女の思い出話を聞かせてくれた。僕が記憶を取り戻すことはないと知ってはいたけど、医師になるべく伸として振る舞うようにと言われていたので思い出す努力をするまねをした。
 それから数日経ったある日、外出を許可され、彼女に連れられて初めての街に繰り出した。思い出の場所らしいけど僕が知るはずもなかった。彼女はとても楽しそうだった。それだけ伸が好きだったのがよく伝わった。
 そこで彼女は僕にまたキスを求めた。僕は医師に言われたとおり、ただ応じることにした。
 とたん、僕は彼女を振りきった。とても悲しそうな目をした。何か違う気がした。僕は伸であって伸とは違う。姿だけが伸の僕が彼女と付き合う理由はない。彼女にすべてを話した。
 彼女はそれでもかまわないと言った。君の問題じゃない、僕の問題なんだと言って、僕はその場を去った。
−−−
結局、ロボット君を前に出して、妙に深いテーマがある気がするのはそれっぽいことをテーマにしてみたという仕様で、
空白をいろいろと用意したからそう感じるだけであって、ある意味錯覚です。
以上。



BACK