ムンクの叫び


「西田ァ」
 竹岡の叫び声が学校中に響き渡る。竹岡は西田に貸したジュース代(百二十円)を返してもらわないと、生命が危なかった。今日の食料は購買のパン(百五円)の予定だったからだ。十五円でうまい棒が買えるなと竹岡は考えていた。竹岡はたこ焼き味が好きだった。

「西田ァ」
 竹岡の叫び声が学校中に響き渡る。図書室で静かな時を過ごしていた加賀としては、ハリセンでつっこみ殺したい所だった。そのとき加賀はオーフェンを読んでいた。

「西田ァ」
 竹岡の叫び声が学校中に響き渡る。校庭で佐古とお弁当をつま見ながら話していた真野は、つまんでいた黒豆を落としてしまった。隣の佐古を横目で見る……見られてなかったなと、元の話に戻る。

「西田ァ」
 竹岡の叫び声が学校中に響き渡る。合唱部のピアノを弾いていた坂上は突然笑いがこみ上げてきたが、集中して弾ききろうと心に誓った。しかし、一小節飛ばしていたことを横河に指摘される。

「西田ァ」
 竹岡の叫び声が学校中に響き渡る。ピッチャーの高井はボールを投げる。コントロールが狂い、完全にボール球だった。

「西田ァ」
 竹岡の叫び声が学校中に響き渡る。バッターの近藤はボールだと判っていながら、つい振ってしまった。当たるわけなかった。三振だった。スリーアウトだった。負けてしまった。

「西田ァ」
 竹岡の叫び声が学校中に響き渡る。トイレで頑張っていた松内は景気がよくなった。

「西田ァ」
 竹岡の叫び声が学校中に響き渡る。屋上でこっそりとダンスの練習をしていた井之山は汗が目に入って気持ち悪かった。汗は塩水だった。

「西田ァ」
 竹岡の叫び声が学校中に響き渡る。坂井はシャープペンの芯の詰まりを直していた。シャープペンの先にシャープの芯をつっこみ、詰まりを直そうとしていたが、シャープの芯が小さな悲鳴を上げた。簡単にいえば、折れた。

「西田ァ」
 竹岡の叫び声が学校中に響き渡る。生物室で飼っているハムスターにエサをやっていた梅尾は、ハムスターがくしゃみをしたような気がした。違う。梅尾のエサのやり過ぎだった。

「西田ァ」
 竹岡の叫び声が学校中に響き渡る。エロ本をこっそりと読んでいた桐戸は、思わず閉じた。そしてまた読み出そうとしたところで、養護教諭(女)が通りかかった。

「西田ァ」
 竹岡の叫び声が学校中に響き渡る。生徒課の教諭である羽原としては、注意しなければならないと思ったが、とりあえず、手元の金髪を注意した。その以後、竹岡のこと和思い出すことはなかった。

「西田ァ」
 竹岡の叫び声が学校中に響き渡る。輪になって話していた女子五人は、知っている名前が聞こえたことに、そろって笑い出した。おかげで、一人がつい××をしてしまったことに誰も気が付かなかった。

「西田ァ」
 竹岡の叫び声が学校中に響き渡る。定期テストの採点をしていた藤見は一つ多く丸を付けてしまった。一週間後、そいつは最下位から二九九位に上がったことを、以後語り継いだ。

「西田ァ」
 竹岡の叫び声が学校中に響き渡る。大都会を歌わされていた神谷は、あぁ〜、の段階で音程がはずれていたことに気づく人はいなかった。理由、竹岡の叫びもあるが、歌わせておきながら誰も聞いていなかったからだ。

「西田ァ」
 竹岡の叫び声が学校中に響き渡る。残念ながら、西田は風邪のため欠席だった。

ムンクの叫び 終



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