The Box
Out Of The Box
彼女との出会いは必然だったんじゃないか、なんて本気で思い始めた。別に表立って話さなくても、大抵のことは彼女には通じる。俺のことだって、彼女には手てに取るように分かるようだ。
彼女と俺は似ているんだ。まるで、お互いが片割れかのように。
でも俺と彼女。片割れ以外の人と気が合うことはない。自分の殻、互いの殻から外を見ることをしない。
でもそれでいい。俺と彼女は、互い以外を愛せない存在だから。
1st Box
彼女との出会いは、特別珍しいことじゃない。
単に学校の委員会活動で、グループを組まされた。
委員会活動と言っても、学校内で掃除を呼びかける、それだけの委員会だ。別に入りたくてその委員会に入ったわけじゃない。クラスで誰も入るやつがいなかったんだ。
そんなことはどうだっていい。そのグループの中に彼女はいた。
名前は柊里実と言って、グループで自己紹介たときにすぐに覚えた。伸ばしきった髪、一見優雅にきちんと着こなした制服。物静かで、人付き合いが苦手そうで、何かがかけ落ちたような無表情で。あまり印象の残らない人だった。でも、彼女の声は……
静かだったんだ。喋っているのに、喋っていないような。か細いってわけじゃない、言うなら幽霊のような、そんな言葉。俺はそんな声に……、縛られた。
彼女の自己紹介の内容は、覚えていない。
その時から、俺は彼女に引かれていた。他の人なら、彼女に見向きもしないだろう。でも、俺は彼女から何かを感じていた。
何か、だ。
彼女のことを、同じグループで前から友達だった松永に言わせると、暗い冴えない女だと。
彼女と会話をする機会は何度かあった。でもその内容は、委員会の仕事のことばかり。俺は彼女に近づきたかった。だけど、話す理由もなかった。偶然に二人きりになっても、俺のバカみたいな視線だけが彼女の周りさまようだけだった。
そのうちに思う。彼女は俺の視線に気づいている。気づいている、はずだ。でも、彼女は俺の視線を自然に無視している。彼女の中の、本能、意識しない部分でそうさせているんじゃないかと。
俺はなにも言わない彼女に夢中だった。一人で。
松永達は、ただ人見知りが激しい付き合いにくい奴と言っていた。彼女が話題に上ることはほとんどない。そんな事実すら、俺に彼女に対する興味を起こさせていた。
そのことを松永に話したら、賭をしてみようと言うことになった。あの、無表情の彼女を笑わせることができるか、そんな賭だった。
松永が先に声をかけた。奴が彼女を笑わせられるはずがないと、俺は感覚的に思っていた。だからといって、俺に自信があったわけじゃないけど。
失敗して帰ってくる松永の表情は、人をバカにしたときの表情だった。笑顔の似合わない女だと松永は言った。実際に彼女の笑顔を見たわけでもないのに、松永がそんなことを言ったのに、俺は面白く思った。松永はその程度の奴かと、考えを改めた。
次の日、松永との約束通りに俺は彼女に声をかけた。屋上の掃除。竹箒を持った彼女に、姿だけで魔女と当てはめてみた。
「おはよう」
ただの挨拶だった。それに彼女は目を細めて、微かに笑った。
俺は拍子抜けだった。変な表情を彼女にさらしていないかと気になったが、なんとか平静を保とうと努力した。
「どうしたの?」
あの声、だ。
彼女はその表情を保ったまま、俺に尋ねてきた。
俺は賭のことを話そうかと思ったが、思いとどまった。
「可愛い顔するなと思ってさ」
「……そう」
印象だけ見れば確かに素っ気ない奴だと思った。それが彼女の今の表情とは不釣り合いに思えて仕方がなかった。
よく言う、仮面をかぶった奴だと直感していた。
剥いでやりたい、男性的な意志が俺に生まれていた。
「松永の奴にも同じ返事しただろ」
彼女はこちらも見ずに、ただうなずいた。
ただ、うなずいただけだったんだ。俺を殺すには、それで十分だった。そのうなずきは俺の心を向いていない、空を見ていた。
あきらかに、彼女に負けている。
彼女は別に俺を無視しようとしたり、そんなことはせずに、でも彼女は俺に対し壁を作ろうとしている。
彼女の魔法で俺は彼女をとらえることができない。それがくやしくて、言葉を探した。でも、いい言葉なんて浮かんでこない。それが無言に繋がり、それが彼女に負けたと思わせる要因になった。
言葉を……。
「今賭をしてるんだよ」
松永とはルール違反だけど、俺は一方的にすべてを話した。すると彼女はさらに目を細めて……笑った。声のない笑い。
「わたしは……笑ってた?」
「少なくとも僕には笑っているように見えたよ。松永の奴には笑わなかったのにな」
そこで言葉が切れると思った。
「わたし、松永君にも同じ表情をしたつもり」
きよを、つかれた?
「だったら、松永の奴の見る目がなかったんだ。松永は柊さんのこと、笑顔の似合わない奴だとか言っていたしな」
「あなたはどう思っているのかしら」
彼女の言葉。ないと思っていた彼女の言葉。
彼女は俺に尋ねていたけれど、彼女はもうその答えを見抜いているように見えた。それが彼女の特性だと思った。
「狐女」
「わたしのこと?」
「そう」
「……その通りかもしれない」
仮面の女。俺は狼にでもなってやろうと思った。ここは屋上、幸いにも他に人影は見られない。
「っ!」
「不潔」
狼は鷹に食われた。
「いつもこんなモノを持ち歩いているのかよ」
「そう、よ」
なんの予備動作もなく取り出されたナイフ。小型の、それでも人を殺めるには十分なナイフ。洗練された技のように、彼女は平然とやってのけた。
「こんな時のためにか?」
「違うわ」
意外な答えに、俺は興味を持った。
「いつでもこの世から逃げられるようにするためよ」
「っ! いってぇ!」
彼女はナイフをしまい、なにごともなかったかのように掃除に戻る。
俺は首に手を当てて、その手を見ると、血液が少しついていた。
「はかないな」
「なにが?」
柊さんの言葉。さも興味もないように、でもその言葉は億劫ではなさそうだ。
「柊さんが。明日には柊さんはここにいないかもしれない」
箒の手を止め、俺に微笑むでもなく、ただ俺の方を見つめて、
「そうね」
なんて、平然と言ってのける。
「でも、明日はいるだろうね」
「どうして?」
「明日も柊さんと僕はここで話していると思う」
「そしてはあなたはまた、わたしにキスを迫る」
「そして僕は柊さんに斬られる」
また、目を細めた笑い。
可愛いじゃないか、柊さん。
「名前は? 忘れちゃった」
「国本、国本雨斗」
「覚えたわ、国本君」
俺は彼女に許された。
彼女を覆っていたドーム。それは、彼女が策略的に自分から作っていた。それに俺は踏み入ることを許された。
柊里実。
この日のことで、俺は彼女を知ることができた。あまつさえ、彼女に俺を知ってもらうことすらできた。
彼女と俺は、どことなく似ている気がした。
俺は他人と深くつきあわないタイプだ。彼女も、きっとそうだ。人と深くつきあわないのは、別にそれが苦手だからじゃない。必要を感じないからだ。
人を必要とせずに生きていくことなんてできない。それはよく詠われる言葉だ。でもそれは、生きていることに意味を見いだしたい奴の言葉。でも俺のような人間はただ空虚に日々を送るだけ。目的を持たない。
冷めた子ども達と、大人達は呼ぶが俺はその領域じゃない。
大人びている事を否定して、子供であることも否定する。
積極的になることはせず、すべて遊びだと思っている。
世界に否定的で、夢をどこかで見ている。
そんな雰囲気を彼女から感じていた。
そして、それは彼女も俺から感じ取っていた。
俺も彼女も、そんなタイプだ。
2nd Box
柊さんは隣のクラスだった。
ちらっと教室を覗くと、一人席に座って読書している柊さんがいた。
明るい教室に彼女が一人ぽつんと座っている光景は、どこか可笑しかった。
「よう」
彼女は目を細めて、クッと笑う。ある種の魔術的な笑い。決して俺の方を向くことはない。それでも、俺はこいつに魅了されているような気がして仕方がなかった。
「授業は?」
「俺のクラスは自習。柊さんこそ、みんなは?」
柊さんはしおりを挟んで本を置いた。と思えば、また開いた。
「みんなは音楽室に行ったわ」
本から目を離さずに言う。
「サボリ?」
「違うわ。今度の学年行事の合唱の練習」
そう言えば、そんなものがあったな。俺のクラスも、放課後に練習している。
「歌わないのか」
「そう、歌わないわ。歌なんて、虚しくなるだけよ」
それは彼女のクラスとのつきあい方を如実に表しているようで、でもその一見クールな言葉は彼女を着飾らさせない。
「俺も、そうしたいな」
「放課後真面目に練習してるの?」
「ああ、俺は柊さんみたいにクラスとはちゃんとつき合ってるからね」
「意気地なしね」
皮肉のつもりが、皮肉で返された。
彼女には勝てない。やっぱり俺は彼女には勝てない。
「だったら、今から柊さんを連れてこの学校を脱出したらどう思う」
俺は小説の主人公のような言葉でしか着飾れないのか。柊さんに呆れられたか。
「それはないわ」
すらりと伸びるナイフ。切っ先と彼女の細い目は俺の目を見ている。
「銃刀法違反」
「こんなものは見つからなきゃいいのよ、見つからなきゃ」
妙に俺は居心地の悪さを感じた。
まだ俺は完全に彼女の領域への進入を許されたわけじゃない。ナイフがその証拠に見えた。
そして俺は彼女の瞳に魅入られたまま、そのナイフは俺の頬をかすめる。
その動作が優雅にも見えて、その動作を喜びに俺は感じていたのかもしれない。
マゾかよ、俺は。
毎日刻まれる傷。俺が彼女に会うたび、俺は傷を付けられる。
それでも彼女に殺されるかもしれないなんて言う恐怖は生まれてこなかった。ナイフが彼女の俺に対するコミュニケーション手段にも思えたからだ。
なんて不器用なコミュニケーションなんだろう。でもそれの性で俺は彼女に恋をしたのかもしれない。俺の方もなんて不器用な恋なんだ。しかも、Mだぜ。
彼女は俺のことをどう思っているんだろう。それを聞くことは不粋に思えた。
ぽたりと俺の頬から流れた血が、柊さんの机の上に落ちる。彼女はそれを指ですくい、その指は彼女の口の中へ吸い込まれた。
「血の味、やっぱ鉄よね」
「あたりまえだろ」
「人間の体の中の赤い液体。ワインのような上質な味がしてくれると嬉しいな」
「なにに期待してるんだよ」
それは分かっていた。
「さあね」
またぽたりと落ちる血、今度は俺がそれをすくってなめてみた。
「自分の血をなめるなんて……不潔」
と言いながらも、彼女の顔は笑っている。誰かをさげすむような、万人に受け入れられるタイプの微笑みじゃない。
「俺に柊さんの血をくれるとでも言うのか」
「いいわよ、あたしの血、飲んでみる?」
俺の返事も聞かず、なんのためらいもなく自分の頬に赤いラインを引く。
「どうぞ、召し上がれ」
頬を俺の方につきだしてくる。
それはある意味悲しい光景だっただろうけど、俺は彼女を可愛く思った。
バカみたいだけど。
だから、
「きゃっ」
「俺の血より鉄っぽいな」
柊さんの頬に口づけしてやった。
「……おいしい?」
その目は、意外にも真剣だった。
「俺の血よりざらざらしてる」
彼女はハンカチを頬に当てる。俺の傷は浅かったのかもう止まっているが、彼女のハンカチはどんどん赤く染まっていく。
「傷が深かったみたい」
「痛くないか?」
「痛いわ。苦しくないけど」
やっぱり彼女も奇人だ。おかしいくらいに。
でも、小説の主人公は願わない。それが彼女だった。
「いつまでここにいるつもり」
「さよなら、と言うまで」
「さようなら」
俺は顔を引きつりながらも、小説の主人公は助けた王女様に牢屋に入れられた。でも、そうでないと彼女、柊里実じゃない。
3rd Box
松永の奴が、俺が柊と付き合ってるのかと聞いてきた。最近柊といるところを何度か目撃されているらしい。
「片思いだよ」
「へぇ、お前がねぇ。あんな女のどこがいいんだか」
「彼女を分かってない証拠だよ」
「キス、したんかよ」
「片思いだっていっただろ」
そして、松永の奴は自分の彼女の話をし始めた。どってことはない、どこに出もいる女を引っかけて、連れまわして、そしてヤっちまった。
そんなこと、俺に話すなよと思っても、俺は黙って松永の言うことを聞いてやり、そしてたまに相づちをうってやった。
松永の奴は俺を信頼しているし、松永は裏切ったりしないと知っている。
だからいつも松永の奴と連んでる。それ以外に理由なんてない。
別にかけがえのない友達というわけじゃない。
「お前も参加しろよ、合唱」
最近、俺も合唱に参加しなくなった。みんなはクラス最後の行事だとかいって盛り上がっているのに。
「アマト、テナーで一番うまいんだからさ、参加してくれよ」
「めんどい」
「つっか、お前もクラスメイトだろ。行事に参加しろよ」
「……やだね」
「お前さ」
いつもとは違う、いぶかしげな声で松永は言ってきた。
「柊さんだっけ、お前、あいつと会ってからだよな」
「そう、だな」
「親友だから忠告しといてやる。アマト、つまらないこと、するなよ」
親友ですか。たいそうなことで。
「わかってるよ」
と言っても、俺は柊に会いに行く。
ほぼ待ち合わせ場所になっている、学校の屋上。鉄製の扉を開けると、暗い空の先、いつものように柊は立っていた。
いつものように、俺がふざけて柊に抱きつこうとする。ここでナイフが向かってくるのは分かっているので、事前に構えておく。
「ヒイラギ!」
いつものように、ナイフが飛んできた。首をちょっと引いて、切っ先からのがれる。
「国本君、相変わらずね」
「そう言う柊も変わってないんじゃないのか」
クラスからは離別している柊が唯一、人に心を許すとき、それを俺一人が占めていると考えると、俺は誇らしげに思ったりする。
柊は俺の物だなんて言う、バカらしい男の意志が働いてきた。
まだ、柊の唇を奪ってはいない。でも、いつかは……
「雨が降りそうね」
「そうだな。校舎に入るか?」
「ううん、濡れたい。すべてを洗い流してほしい」
柊にしては珍しく、感情的な言葉だった。小説の主人公のような、俺達が唯一着飾るもの。
静かに時だけが流れる。
言葉がないデートだけど、それが俺達らしくてよかった。
普通じゃない。異常な二人? 俺も柊も、それを望んで、普遍から逸脱しようとしていた。
「そろそろに、ナイフおろせよ」
おもむろに言ったその一言。俺はそれまで気づかなかった自分に後悔した
「なにかあったのか」
「な、なにもないわよ!」
いつもより、ずっと、感情的を含む言葉。俺は柊の左腕を手にとって、まくった。いつもならその行動は柊のナイフに制限されるのに、今日はされるがままだった。
柊の左手首には、生々しい傷痕があった。
俺がこれに気づいたのは柊のナイフが震えていたからだ。いつも俺に突き出すナイフは、洗練された技のようにひたと静止しているのに。
「昨日か」
一息置いて、柊は黙ってうなずいた。……雨が降り出してきた。
「なんでこんなことするんだよ」
「なんでもない。なんでもないったら」
「そんなわけないだろ。自殺しようとしたんだろ」
傷痕を見れば明白だ。前に柊が言っていたのを思い出す。いつでもこの世から逃げられるようにするためよ、と。
「自殺に、理由っているの」
「えっ」
「自殺に理由は必要?」
いつも静かな柊が悲鳴のようにまくし立てる。答えを俺に求めてくる。懇願する、柊の瞳。濡れていた。
考えたこともなかった。何度となく、俺だって自殺を考えたことはあったけど、そのたびに急にバカらしく感じて、止めていた。その自殺を考えたときに理由はあっただろうか。
俺は、あったと思っている。微かなものでも、確かに。
柊がいつもナイフを持っているのは、自殺のため、だなんて言っていながらも、結局は護身用、もしくはサディスト的なものだと思っていた。
だから、柊が実際に自殺しようとするなんて思いもしなかった。
「必要だよ」
それが俺の答えだった。
「どうして?」
涙に覆われた声。
「……悲しむ人が、いるからだろ」
自分のセオリーな答えに、もっとマシに答えられないのかと自分を悔やんだ。
突然、声をあげて柊は笑い出した。俗に言う、イッちゃった人の笑いだった。高々と声の限りに笑いあげ、その表情も狂気、とでも言うのかよ。
雨が強くなり、その声に逆らうかのように、柊は声を張り上げる。渾身の笑い。
こっちが本当の柊、のようにも思えてきた。
俺達に悲しむ人はいない。俺達は人との接触を拒絶しているから。本当に自分の身内だけ、できる限り人と交わることを拒もうとするタイプの人間。
どうせ生きるなら、誰の当たり障りもないように死にたい。そう思うタイプの人間だから。
人にどう思われる、人にどうとも思われないようにしてきた柊にとって、自殺とはなんでもない、食事や排便と同じように思っていたのかもしれない。
でも、それじゃあ困る人間がいる。
俺だ。
今俺は柊に恋をしている。
どうしてかなんて俺にもわからない。もしかしたら、仲間意識、同類意識の方が強いかもしれない。
だから、俺が悲しむ。他の誰も悲しまなくても俺が悲しむ。
「いないわよ、そんな人。そのために私はこうやって生きてきたんですもの」
俺は……柊を抱きしめていた。
「お前は、どうしてここにいる?」
思っていたより、いつも身にまとっている雰囲気より、小さい柊が腕の中にいた。
「お前は、俺には心を許した。違うか?」
雨に濡れ、冷たい柊が腕の中にいた。
「お前は、俺を好きになったんじゃないのか」
笑い疲れた柊が腕の中にいた。
「俺はお前のことが好きなんだよ」
最悪の告白かもしれない。自殺しようとしている人間の前で、最期の思いをうち明けるように、その場は儚かった。その言葉は、俺が言う言葉じゃないだろうけど、夢のようだった。現実感がなかったんだ。
無理矢理かみしめて、もう一度告白の言葉を聞かせた。
「俺はヒイラギ。お前のことが好きだ」
俺は意外と冷静だった。
そして柊は……静かだった。
手にしていたモノをつぶしてしまったかのように、静かだった。
一瞬、柊が死んでしまったのではと言う不安がよぎったが、柊の息が俺の顔にかかって、俺は安堵した。
その柊の表情からは、あの笑いは消え、いつものどこか冷めた表情に戻る。
「みっともない」
俺の腕から離れ、雨の中、伸びをする。
「みっともない、みっともない、みっともない。最悪だわ」
「俺の告白がか?」
「国本君も、わたしもよ。自殺に失敗した女なんてみっともないわよね」
「そうだな、最悪の告白シーンだった」
「わたしも。いつでも自殺できると思ってナイフ用意しておいたのに、実際自殺してみようと思ったら、痛いんだもん」
「……もっとましな理由はないのかよ」
「痛かったんだもん。久しぶりに涙流しちゃった」
「女狐の失態だな」
「そうね」
そんな柊が、俺にとっては可愛くて仕方がなかった。
自他認めて変わってるくせに、非人間を求めてるくせに、自分は自分だと誇りに思ってる。
どうして柊が自殺しようとした、本当の理由は聞かないでおく。聞いても意味がないから。
「とりあえず、校舎に入ろうぜ」
「うん」
屋上の扉を開ける。
「ヒイラギ」
光。青空。ベンチ。柵。微かに聞こえる生徒の声。
柊は……見あたらなかった。
突如訪れる、予感。
それも、悪い、予感。
昨日、柊は失敗した。自分を失うことに。
でもそれは、俺の言葉で立ち直ってくれたんじゃなかったのか。
俺は柊に告白しただけだけど、それは、柊にとっては……俺が一人で思っているだけだったのか。俺一人で思っているだけだったのか。柊がそれで俺の方を向いてくれて、自分を失おうという意志は俺が奪えたんじゃなかったのかよ。
俺の過信。俺は俺を呪った。
今柊、は。
悪い予感。
机の上の百合の花。そんなバカな。
俺は走った。どたばたした音に、みんなが振り返るが関係ない。
校舎にUターン。階段を駆け下りる。
一段抜かし。
っ!
世界が反転する。
地面をとらえていない足。背中の衝撃。胸への衝撃。派手な音。鉄の臭い。
体中の痛み。
……。
痛い。
そんなことより、
「バカな男」
顔を上げると、見慣れた顔、そしてナイフが目に映る。
磨かれたナイフは反射して、俺の瞳を映しだしていた。
無様な男の姿。刃物を持った女。
俺は、
本物のバカのようだ。
あの予感におそわれてから、まだそんなに経ってはいないだろうに。
「なによ、急に笑い出して」
ニヤッとした柊の顔。最近、柊はこんな顔をするようになった。俺の前でだけ。
「おかしいんだよ」
「なにが?」
「俺自身が」
「そうね」
柊はナイフを引き、その微笑みのまま振り返る。
「わたしもおかしくなったみたいよ」
「元からおかしいだろ」
「そう。おかしい。わたしは国本君に恋をしました。おかしいでしょ」
なんだよ、この展開は。
「そうだな」
柊は俺に恋をしている。
なぜか、その答えが当たり前に思えてきた。そう、俺は断られるとは思っていなかったから。
理由? 俺達は確実に似ているから。
そう、まるでお互いが片割れかのように。
4th Box
「ヒイラギ」
「なに」
今、柊は俺の腕の中にいる。
これは、俺が望んだこと。初めてのキスから一週間。早まりすぎたかと思ったが、俺の男がそれを許してしまった。
バカな話だが、お互い、童貞、処女だった。
本当に俺はバカだった。でも、俺はもう小説の主人公じゃないから、バカで十分だ。柊もバカだ。
「だからなに?」
「俺のこと、好きか」
「愛してるって言ってほしいの?」
薄笑いの柊。
「……」
「言う必要はない、わ」
「……そうかもしれないな」
俺達に、互いの心を繋げる言葉はいらない。
着飾る言葉は、もういらない。
小説の主人公である必要は、もうない。
お互い以外を見ることは、もう望まない。
そう、お互いは片割れだったから。
もう、確信していたから。
After... In The Box
「ただいま」
「おかえり」
マンションの玄関をくぐった先、そこには里実がいる。共働きだけど、今日は里実が夕食の当番だった。
もう里実との生活が始まって三年になる。お互い大学にも行かず、高校生活の終わりが里実との生活のスタートとなった。都心から多少離れた高層マンションは、人口密度の割に隣人との関わりの少ない場所だった。
でもお互い都会の生活が似合わなかった。うまく人付き合いしなければ、食ってもいけない生活。そんな生活より、本当にお互いだけの生活を求めたい。いつも里実とそんな話をしていた。
そしてこの前、ついに念願の田舎の家を買った。今さら誰も住みたがらないような、本当の田舎町。畑だってある。
ここに住めば完全自炊とまではいかなくても、二人だけで、本当に二人だけで生きてゆける。他人と関わる必要なんて全くない。
そう、俺達は、
ベットの中。里実の瞳を見つめる。里実は不妊症だった。でも、俺達にはそれは好都合だった。
そう、俺達は、
お互いさえあればいい。
お互いさえあればいい。
お互いさえあればいい。
お互いさえあればいい。
お互いさえあればいい。
お互いさえあればいい。
お互いさえあればいい。
お互いさえあればいい。
お互いさえあればいい。
お互いさえあればいい。
お互いさえあればいい。
お互いさえあればいい。
お互いさえあればいい。
お互いさえあればいい。
お互いさえあればいい。
お互いさえあればいい。
お互いさえあればいい。
お互いさえあればいい。
お互いさえあればいい。
お互いさえあればいい。
お互いさえあればいい。
お互いしかいらない。
もう他はいらない。
After ?
『昨日お昼頃、××県××郡××町の民家で、その家の大家が他殺体と見られる夫婦の遺体を発見しました。遺体はその民家の住人である国本雨斗、二十二歳、とその妻里実、二十一歳であることが所持品により判明しました。その遺体は死後二週間以上は経っていると見られており、死因の特定は二人の夫婦の遺体が持ったままだったナイフと見られており、それが無理心中による自殺であるのか、他殺であるのかは死後経過しすぎているため、遺体による判断はできかねますが、特に家の中を荒らされている様子もないため、自殺の線でそうさを進めております。何故発見が遅れたか付近の住人に調査したところ、この夫婦は近所とのつき合いが全くなく、顔を知っている人すら少なかったという状況で、唯一顔を知っていた大家も無愛想な人だったとしか証言しておりません』
End |