恋をするのも面倒で 第二幕

南 那津  2005/7

cast

米原槻人
ヨネハラツキヒト

加納花菜
カノウハナナ

潮崎琥撤
シオザキコテツ


 俺、米原槻人の愛する人は、もう消えてしまったのだろう。彼女の存在は、俺の中から熱と共に消失してしまった。あの頃彼女を愛した情熱なんて、今ではため息でしかなくて、彼女を求めない方が日常になってしまった。
 あの頃、どうして彼女をあれほどまでに求めたのか。確かに俺は彼女を『恋し』、『愛して』いた。彼女が素敵過ぎたから、俺は求めずにいられなかった。彼女のすべてが俺を魅了していたあの頃、あの熱はどこかに消え去ってしまった。
 消失。だけど、今の俺は抜け殻のような毎日を過ごしている訳ではない。彼女がいない人生を平然と過ごしている。俺の中で何かが変わってしまっていたのは事実。求めるものは得られない、その記憶が俺の『何か』を掻きむしってしまっている。
 だから、今では恋をするのも面倒で、もう恋なんかしたくなくなって。ただ一日で恋に落ちれば、そのまま結婚届を出してしまうような、そんな適当な恋で良い。今の俺なら、誰だって愛せる、自信がある。愛だけなら。ただ面倒だから。今の俺は安定したいだけだから、恋するのも面倒で。恋なんかしたくない。

 恋なんかしたくない。



 欠伸をしようと抑えた手に、よだれがついた。
 真夏の昼下がり。冷房も入れない夏の講義室は。そこはどれだけ窓を開放しようとも、学生達の頭を沸騰させるやかんでしかない。渦を巻いたような熱気の中で、回路方程式を解けと言うのもひどい話だ。いくら電卓持ち込みが許されているからと言って、実際にこんな計算を手でやりたくもない。今や二次方程式の解は、長ったらしい解の公式を解かずとも、電卓が一人でに考えてくれる。
 理系学生の最後の一週間はレポートではなく、公式の暗記と計算に費やされる。高校生でやり飽きたそれらのことを、さらに昇華させただけでパターンは同じ。過去問を解いて問題を予想しておくことが、ここでの最重要課題。まるで理系は職業学校だ。
 早く書き終えた人は、逃げるように講義室を退出する。結果なんぞ知った事ではない。早く退出したからと言って待ち受けるのは、次の試験の対策に過ぎないのだが、それだけでも開放感に浸ってしまう。
 最後の試験を終えると同時に、学生の姿は様変わりする。街に出るために、服を着替え、お洒落を纏う。それは義務ですらあって、若者の証拠なのだろう。
 お洒落も結局異性の気を引く道具でしかない。そう思うと、俺を含む街の姿が実体のないものに思えてくる。それでも若者が好き好んでお洒落をするのは、そのルールに惹かれるからだろう。俺はお洒落をする、油を取る、香りを纏う。俺のそれも義務だから。



 打ち上げ、打ち上げ、プチ上げ。
 試験を無事終えた。だから打ち上げをする、のは当然と言えないから、プチ上げ。開放感は人と共有するものだ。
 学科の誰かが呼びかけ始まった、このコンパ。目的もなく参加した俺だけど、とりあえず飲んで、人に絡むことにした。六時間前は統計誤差だとか、ディメンションがどうとか話していたにも関わらず、今は下ネタが常套句となる。所詮理系の機械系の学科、ほとんどが男で、女はもうグループを作って話し込んでいる。その中に割ってくる男どもを、逐一品定め、……もはやそんな時期ではない、どの男で諦めようか、そんな話が続いているに違いない。
 かく言う俺も、いつもの馬鹿と肩を並べて、女性の部位について熱論を交わしているのだから何とも言えない。店頭で気に入った高価なシャツも、ただ酒の臭いを染み込ませるだけだ。
 それでも馬鹿の潮崎琥撤は、恥ずかしがるわけでもなく叫んだ。
「夏だー。恋がしてぇ」
 もう、それも口癖のように。それに賛同する友人達、かと思えば小突かれるのは潮崎の方。小突くのは俺。
「お前、彼女持ちだろ」
 酒酔い悪そうに、いかにも『今から説教たれるぞ』と表情に隠しもせず。
「あのなー。今彼女が居るのと恋がしたいのは別なんだよ」
「今の彼女に飽きたって?」
「そうじゃねーよ。今の彼女に、それでも恋できるかって話。できる?」
 身元寂しい男達は自慢話かと下世話に笑う。それに潮崎が構うはずもない。
「できるかじゃない、しなきゃならないんだよ。じゃなきゃ、冷めちゃうだろ」
 潮崎は素直だ。
「お悩みはそっちだな。ほれ、潮崎、言ってみな。正直に話せ」
「なんだ、俺は真剣だぞぉ。お前、一人の女の魅力を一生語れるか? できないだろ」
「そういう問題じゃないと思うけどな」
 それから潮崎は愛の永久性と恋の消費文化について語り出した。よって、空耳で放って置くことにした。ただ語りたいだけの時の潮崎は、誰にも手を付けられない。
 だけど、真面目な話、俺も恋をしたい。いや、恋をするのは面倒で。女の魅力に触れるのが面倒で。もうそれを感じたくなくて。でも、俺も恋をしたい。矛盾しているのは分かっている。何かを得たくて、何かを得られる気がしていて、恋をしたい。それは恋ではないのかもしれないけど、恋をしたい。
 だから、今日のコンパで、一番話が合った女に、「付き合わないか?」と言った。その相手、加納花菜は「どうしようか」と困惑した様子もなく目を細くして俺を睨んだ後、「いいよ」と言った。
 俺は恋をする気のようだ。



 加納は、俺の鼻の頭をこする癖が許せないらしい。
 女がかわいい服を着るのは嫌いじゃない。そういう女と歩き、そして女に思った通り伝えれば、女は喜ぶし男も嬉しい。加納も「そう?」と、目を細めて口先をつり上げる。これが加納の喜んでいる時の癖だと知っている。
 実際加納とは、上手くやっていけていた。一日で話をしない日は当然なかったし、二人でただ歩くのも好きだった。学生の夏は長く、そして時間にあふれている。日々は、バイト先と加納の元と自分の部屋を行き来する毎日で、十分すぎるほど充実し、浪費していた。
 加納はよく俺の癖を見つけた。暑いと言う前に目をつぶるとか、ちょっと困った時は目を伏せながら笑って誤魔化しているとか、嬉しい時には手を組むなど。俺が知り得ぬ俺を加納はどんどん発見していく。そして加納はよく振り返る、その度に人にぶつかりそうになるけれど、それがもう無意識の習慣のように。そして俺の目を見て、目を細めて口先をあげる。加納はそんな女だった。
 加納とは、十分に息があった。加納と話していて退屈することはなかったし、たまに加納はごねる事もあったが、俺は加納を受け入れ続けていた。俺は、愛することなら自信がある。愛情を注ぐのも嫌いじゃない、いや無条件に好きだ。
 今日もアーケードをぶらつく。薄着をした若者達が目的もなく闊歩する。照りつける日差しに体力を奪われようとも、まだ衰えるには早い。
 俺はこう、つぶやくのが好きだ。もちろん加納に聞こえるように。
「男は、素敵な服の女と歩くのが好きなんだ」
「そう」
 目を細くして、これは加納が笑っている証拠。
「私は合格?」
 上目遣いに、こちらをにらむ。
「分かってんだろ」
「酷い、言葉で言って。早く」
 加納のこだわりに、今の俺に応えてやらない理由はない。「もちろん、ね」と。加納は「馬鹿みたい」と言って目を糸のようにして笑った。
 俺は満足していた、ようだ。



 加納は案の定、Sだった。
 夏も終わりを見せ始め、秋が大気に紛れ始める。まだ蝉は鳴き続けるが、もう時期遅れを否めない。それに構わず、学生の夏はまだ続く。解放された時間はまだ続く。
 人気のない夜のホームで、ぎこちないままに初めて抱きしめた。迷いはすぐに消え、言葉では伝わりきれなかった温もり。そこには、思いの外大きな加納がいた。最後に加納は言葉で、「好き」と漏らした。それから数日の内に、加納をベッドに誘い込めた。
 満ちている、愛にあふれている。愛を見失っていたはずの俺を必要とし、そして俺も抱きしめていられる。前に、そんな事も叶わなかった日々があったと思うと、その時の愛なんて偽物に思えてくる。今この現実がどれ程大切なのか、心と肉体に直に刻み込んでいる、そう思っていた。
 加納と約束をして別れた時、加納を手放した時、俺の中から何かが加納と一緒に抜け落ちた。見えなくなるまで手を振って、その感情を抑えるので俺は力を使い果たした。違う、その思いが支配する。寸分前までは思いもしなかった、心が否定している。俺の求めているものはそれではないと。
 その疑念は一人ベッドに入ると明確になった。自分の物を掴み、先の快感に思いを浸りながら、加納の顔を思い出そうとした。だけど思い出せるのは顔の輪郭、髪型ばかりで、のっぺらぼうな想像にすぐに萎えてしまった。その代わりのように訪れるのは、失ったはずの情熱の真っ黒な残骸だった。もう輝きを持たず、愛し恋する事の虚しさを永遠と語り続けている。
 真っ暗な自分の部屋、ベッドの上で、大きくため息をつく。それは自嘲に変わり、忘れたはずの涙をこぼす。
 恋をするのも面倒だ。きっと俺は加納に「別れよう」と言われれば、「何故だ?」と応えるだろう。「俺の何がまずかった?」そう聞くばかりなのは目に見えている。ここで返す正しい答えは「嫌だ」と気持ちを伝えることのはずなのに、そうすることで違和感を覚える俺が居る。そんな物、実際は求めちゃいないんだ。
 俺は、恋する勇気も持ち合わせてはいないんだ。愛してるとつぶやく事はできたとしても。



 潮崎は彼女が高飛びしたくらいで諦めるような奴じゃない。執拗に追い回すのが潮崎のポリシィ、らしい。
 加納がバイトで俺が暇な時に、俺は潮崎に会っていた。元々の俺の日常は、潮崎と共にあったのだから。やはりその辺りは男友達である。
 相も変わらず潮崎は馬鹿だった。彼女がイタリアに留学に行ったとかで、健気にも毎日手紙を書いているらしい。エコノミーで送付するため、何通も一度に届いてしまう事ももちろん潮崎は知っている。傍らでここぞとばかりにAVを消費しながら、そういう事を平気でできるのが潮崎という男なのだ。
「相談も何も無しなんだぜ。明日イタリアに行くの〜って、ホームステイ先の住所書いて、バァ〜ィだぜ。これなら一ヶ月分しっかり抱いておくんだった」
 潮崎の調子は変わらない、変えていない。あえて一つあげれば、一人の時は気に入ったシルバーを付けていない事。暇さえあればいつも磨いていたのに。
「それでどんな手紙書いてるの?」
「別に。こっちは何も変わりありませんよ〜って」
 潮崎の事だから本当にそうやって書きかねない。潮崎の書いている物を覗き見てみたが、どうやらそうでも無い様子。なんにでも本気でかからないと気が済まない性格というのは、多分に疲れそうだが。
 ペンを持ちながら、はっ、と、ただ一つ、切れの良いため息をつく。
 気づく、潮崎が今までため息をついた姿なんて見た事がない。いつも潮崎は陽気で、そして馬鹿だった。
 唐突に、潮崎に嫉妬してしまった。そういう感情を素直に抱ける潮崎に、嫉妬してしまった。潮崎は、本当に好きなんだと。
「心配なんだな」
「当たり前よ。今までこの手で愛してやれたんだぜ。こんなに離れた事なかったしよ。変な気分」
 そして潮崎は、笑った。
 俺の持っていない、その笑顔で、笑った。



 いつの間にか俺の携帯の待ち受けが、携帯カメラで撮られた俺の顔になっていた。
 加納は、抱きしめる度に一度だけ「好き」と言った。それに俺は「そうだな」と、応えた。それが定期的に続く、そんな毎日。
 もう夏の陽気は失われ、すっかりアーケードは秋色に染まっていた。行き交う人の服も、だんだんと深みのある色彩を帯びる。これで木枯らしがひゅうと吹けば、誰も夏の姿を思い出す事などできなくなる。
 秋物の服も、加納が好きだと言ったものを買った。俺が選ぶと失敗しそうで恐かったから、わざわざ加納に選んでもらった。加納には、加納の好んだコートを買ってあげた。
 俺にも、変化は分かった。いつものように加納は目を細めた笑顔を向けてくれる。それでもそれが、今加納が本当にしたい笑顔なのか。素直じゃないのは声を聞けば分かる。
 お互いの雰囲気が、店を選ぶのも面倒になる。適当なファーストフードのお店で、ハンバーガーをお互いに注文する。こんな平日のお客は、独り身の会社員か、フリーターぐらいのものだ。店内はがらんとしていて、その状況もよくなかった。
 加納は、終始無言だった。別に加納が無言で居る事は珍しくない、喋る時は喋るだけで。その時は、店内を流れるいやに陽気なポップスが耳に障っただけなのだ。
「何か言いたい事、あるんじゃないのか」
「そういう言い方、ないと思う。うん、あるけどさ」
 加納の気怠さを含んだ声は、言わなくてはならない覚悟にも聞こえた。
「あなたは良く、誘ってくれるし、私の事褒めてくれるし、悲しんでいたら励ましてくれる。助けてくれる」
 俺はちゃんと加納の事を考えてきたはずだ。
「でも、私には何か足りない」
 加納の目は俺を射抜いていた。気づくと、俺は右上の宙に目を背けていた。
「俺じゃ満足できないか」
「そうじゃない。私は、あなたが好き。それでも、あなたを愛せない。こんなに一緒に居たいって思うのに。どうして、ねぇ、どうして!」
 激情を漂わせるしっとりとした告白。その空気が俺を包み込み、それが俺の中の不安をさらにかき立てる。わからない、加納が何を望んでいるのか。
「俺にどうして欲しいんだよ」
 即答。
「そう。私は不満なの。説明できないけど、すごく不満なのよ。どうにかして!」
「俺に、どうして欲しいんだよ」
「知らない。この、馬鹿。分かってるでしょ」
 分かってるでしょ、そういわれても俺にそんな記憶はない。ただ、加納と楽しくやってきた記憶しか。俺の何が足りないのか。
「わからない」
「そう、じゃあ、教える。あのね。うん」
 一度、手で目をぬぐう。激情を身体で抱えきれないように、身体を小刻みに震わせて。
「求めて。もっと私を求めて。ひざまづいて、請うぐらいに求めて。もっと乱暴に、私を壊しちゃうくらいに私を求めて」
 俺に、加納に求める事なんかない。唯一の求める事は、加納の願いだけ。加納が幸せになり、その笑顔を向けてくれる、加納の願いだけ。それがあれば、俺は加納を愛していける。
「何を求めれば良いんだよ。俺は今の加納に、満足、してるんだけどな」
「違う。私が満足してない。あなたにそれがないから、私はあなたに与えてばかりで。違う。どうして私ばっかりあなたを取り込んで、どうして、あなたは私を取り込んでくれないの?」
「十分だよ」
 本心だった。俺が求めているのは、今の加納だ。
「いいよ、私があなたの身の回りの世話、全部やってあげる。そしたら、あなたは何もする事がなくなるでしょ」
 加納の中の感情が俺にぶつかってくる。決して大きくないそのねっとりとした声に、背筋に寒気さえ覚える。
「そんな事、君はしなくていい」
 俺は明らかに焦っていた。
「しなきゃいけないの! させなきゃいけないの! 私の好きにさせてよ!」
「わからない。俺は君の望みをちゃんと叶えてきたし、尽くしてきたつもりだ。なのに、なんだよ。俺の願いは君に尽くす事だよ」
 わかってる、この言葉は男の言い訳でしかないのに。それを絞り出すのが今の俺の精一杯で。とうとう加納はすすり泣き始めた。俺の手は勝手にハンカチを出し、加納にすぐに奪い取られる。
「もう。……違う。あなたは私なんか見てない。私なんかよりもっと遠くを見てる。ずっと、遠くの、そう夢の国みたいな、届かない所。……私じゃない」
「俺は、君を見てる」
 ハンカチを投げつけられる。顔は伏せたまま。
「見てない。……見てない。だったら私を求めてよ。むちゃくちゃになるくらい求めてよ」
 ……。
「……じゃあ、結婚しよう」
 本心のはずだ。今、一緒に居るからには、これは本心のはずだ。
「……馬鹿!」



 恋をするのも面倒で、もう恋なんかしたくなくなって。ただ一日で恋に落ちれば、そのまま結婚届を出してしまうような、そんな適当な恋で良い。今の俺なら、誰だって愛せる、自信がある。愛だけなら。ただ面倒だから。今の俺は安定したいだけだから、恋するのも面倒で。恋なんかしたくない。



 潮崎の彼女はそのままイタリアに住む事になった。
 後期の授業が始まった。今期から理系は一気に専門分野へと突き進む。今までは計算『方法』などしか扱ってこなかったのに、それを利用した応用分野が加わってくる。以前よりも一段と授業に追われ、試験に追われていく。今までの努力がちゃんと実になるシステムになっていて、逆にいままで怠けてきた者からチャンスを奪う。
 専門の講義室では、自然と加納と会うわけだけど、講義室内での加納はよそよそしかった。特別隣に座ったりする事はなく、加納は加納のグループと過ごしていた。だから、俺も潮崎達と学内では過ごしていた。
 潮崎は彼女がイタリアの大学に編入することになったので、冗談か知らないが自分もイタリアに留学したやるとはしゃいでいたかと思えば、その次には酷くおちつき、そして沈んでいた。潮崎に言わせれば「知らない所で成長してきた」だそうな、この前初めて国際電話を使ったそうだ。
 それが良かったのか悪かったのか、って聞くと、潮崎は「ここで良かったと答えないと、男が廃っちまう」と自嘲気味に答えた。
「人生には四回のチャンスがあるってさ」
 俺に怒る隙を与えずに、潮崎は続けた。
「まぁ、相方の受け売りなんだけどさ。米原も面倒そうな顔してるよな」
「顔はともかく、まぁな」
 潮崎が珍しくはぐらかさなかったから。
「米原、お前がもしチュニジアにチャンスがあったら行くか?」
「本当にチャンスならね」
「それは間違いない。でも、チャンスは四回もある。その一回を逃したって、次にまたチャンスは必ずあるんだぜ」
 だいたい分かった。今のチャンスにはリスクが伴うって言いたいのだろ。
「確かに頭が痛いな。で、潮崎はチュニジアに行くのか?」
「イタリアだ。多分行かない。しばらくしたら音を上げて帰ってくるだろ」
 潮崎はなんだかんだ、勘だけは鋭いから。だから、馬鹿でも、女にもてるし、女を大切にできる。そう知っているから、信頼しているから、俺は潮崎にいろいろと話してしまった、加納との事を。
「そこまでお前に求めてくれる女はいないな。照れろ、照れろ」
 やっぱり潮崎は馬鹿だ。
「俺の経験で言うとな、男ってーのは女に、物や行動で返しがちなんだよ。そんで男はそれで満足してしまう。でも、女ってのはそういうのは間接的な物でしかないって事を、男よりもよーく知ってんだよ。だから、女には心を返さなくちゃな。お前は全然あいつに、心を返してないだろ、たくさんの心をもらってる癖によ。それが米原のいけない所だろ。あっ、俺もそうか」
 こういう事をさらりと言いながら、真面目には言えない。でも、言葉の端々に潮崎の思いがちゃんと乗っている。そう、それが今の俺ができない事なんだ。
「潮崎、お前って凄いな」
「さんきゅ。で、どうしたいんだ。相手の事、好きじゃないのか?」
「好きだよ。でも。恋できないんだ」
「魅力がないのに、付き合ったって?」
 さらりと出た答え。そう、切欠は何もなかった、ただその時その場所で声をかけたから。本当にそれだけだから。その時、誰かを好きでいたかったから、そういう自分が欲しかったから。
「……そうかもしれない」



「花菜」
「今度は何?」
 こうやって、加納と向き合うのも何日ぶりか。加納の方はもう冷めてしまったのか、宿る声は冷たい。
「俺は盲目みたいだ。花菜の魅力に気づいてやる事ができなかった。それがどうしてかも分かったんだ。違う、分かってたんだ。目を伏せてたんだ」
 加納は少しだけ、目を細めて。視線が早く促すように。
「俺、昔好きな人がいたんだ。もうそいつの事は忘れたと思ってた。だから、花菜に声かけたんだけど。でも、俺の中で女性の魅力はすべてそいつが基準になってて、それを失ったから、俺は花菜から魅力を感じる事ができてなかったんだ。まだ、俺の中では女と言えばそいつになってたから」
 加納は足を組む。
「でも、今は違う。加納と向き合いたいと思ってる。俺の中の加納を、探していきたい。だから、それを手伝って欲しいんだ。俺に、加納の魅力を教えて欲しいんだ」
 組んだ足を元に戻して、
「よく、考えたんだね」
 変わらない口調で、



「嫌。最低」



 恋をするのも面倒で、もう恋なんかしたくなくなって。ただ一日で恋に落ちれば、そのまま結婚届を出してしまうような、そんな適当な恋で良い。恋なんかしたくない。恋なんかできない。


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