恋をするのも面倒で 第一幕 南 那津 2006/2 |
cast 米原槻人
潮崎琥撤
五十嵐子織
有沢もみじ
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Ⅰ 高校生活最後の夏はもう始まっている。俗に言う、受験には大切な時だとか、そう言うことはどうだっていい。今の俺にとって大切なことは、好きな女の子に告白するチャンスがもう残り少ないその事実だけだった。短き青春恋セヨ少年と、フォークバンドがおかしく歌っていた。その日、俺はついに覚悟を決めることにした。俺は、五十嵐が好きだ。陳腐だけど、仲間として一緒にいるうちに、二人で過ごしたい、そんな願望が生まれてきた。手の届かないような憧れの人に恋しているわけではない。ずっと身近な人、いつまでも友達でいられそうな人。もうそんな憂鬱は嫌なんだ。とにかく、俺はその日決心した。 まだ夏休みが始まって数日しか経っていない。それでもあるのは焦りだけ。いつまでいても学校のような親しみがわかない予備校で、日中を過ごしている。そんな中、昼時と帰りだけ、受験生の身分を忘れられる時間がある。その時間に、僕ら四人は貴重な時間を一緒に過ごす事にしている。学校のままのよしみだった。 予備校の一角に作られた小さい食堂で、いつもお昼を無駄に過ごしている。最近は、お昼の前の授業を取っていない潮崎が席を守っている。待っているときの潮崎は、大抵ノートも開かずに、つまらなそうに数学の参考書を眺めている。その参考書の上部をちょこんと摘む様な持ち方が、仏頂面でも潮崎をガリ勉そうに見せていない。二番目に来る俺が定食を頼んで席に着くと、目線だけこちらに向けて、そそくさと注文に行く。愛想がないのは男友達だからだ。 俺が一人退屈しながら待っていると、五十嵐と有沢の女二人組が現れる。潮崎とは朝の電車でも会うが、この二人と顔を合わせるのはこのお昼が今日で初めてだ。軽く、やっ、と挨拶すると、有沢は軽そうな肩掛けのバッグを椅子に置いてすぐに注文の列の方へ並び出す。五十嵐の方は、おはよぉ、とどこか気の抜けた返事の後、ごそごそとかばんの中から財布を探している。 四人がテーブルに着く頃には、俺の定食のみそ汁が冷めているのはいつものことだ。 「五十嵐、いつもより疲れた顔してるけど大丈夫?」 ドレッシングもかけないサラダをつつきながら、有沢が言う。当の五十嵐も、身に覚えがないとは言い難いようではある。 「大丈夫だって。あー、ちょっと寝不足かも。予習、ちょっとね」 「無理するなよ」 潮崎が言う。 「そうそう、身体壊しちゃ意味ないって」 俺も続ける。 五十嵐は「ありがとう、今日は早く寝よう」と言って、可愛らしく舌先を見せた。 俺が五十嵐に惚れた理由は結構単純だったのかもしれない。 受験生が続々と予備校から出ていく中、俺は一人五十嵐を待っていた。この人並みのどこかに、五十嵐がいないだろうかと、目を見張っていたが、気がつけば眺めるだけになっていた。そうしている間に、五十嵐が、「ごめん、待った?」と現れる。 「大丈夫、今来たところ。ま、行こうか」 人の波に乗って歩き出すと、それに五十嵐もついてくる。ただ、それだけでも嬉しかった。いつもは三人か四人で、あまり二人きりになることはなかったから。 少しだけ追い抜いて、五十嵐がこっちを向く。 「用ってなぁに? 問題聞くなら、潮崎くんや有沢の方が良いと思うけど」 特に何かを予定していたわけでもなかったから。 「用ある訳じゃないんだけど。ちょっと、お茶付き合ってくれない? 忙しかったらいいし」 もっと気の利いたことはいえないものか。 「お茶かぁ。おごりなら良いよ」 おごりでもなんでも良かった。 フランチャイズのコーヒーショップに入って、何が良い?と聞くと、ひとしきり悩んだ後に、結局一番オーソドックスなものを注文した。俺も同じものにした。 二人で話すのは、本当に初めてだったのかもしれない。いつも四人でいる事に違和感などなかったからか、二人となると話の中心はやはり、残りの二人の話になる。だいたい、四人で過ごす様になったのも、同じ予備校で何度も顔を合わせているうちに気がつけばそうだった。 二人の共通意見は、やはり潮崎と有沢はすごいと言うことだった。 「あの二人やっぱりK大狙いなんだよな」 「うん、有沢はそう言ってたよ。判定もCでてるって。何気にすごいよね」 できる二人に、哀れむ二人。苦笑いの後に、がんばらなくちゃ、と気合いを入れる。 「それで、本題はやっぱりなんだったのかな?」 そう、明るく聞いてきた。そろそろ五十嵐も時計を気にし始めていた。俺だって、何時そのことに触れようか。でも、今の時間がいつまでも続いて欲しいとさえ思っていた。結局こういうところで根性がないのだ。 「あぁ、それなんだけど。一回二人で話がしてみたかったんだよね」 口が勝手に動く。急に、そんなことなんかどうでも良く思えてきていた。こうやって意味もなく二人で居る時間があまりにも楽しすぎたのだ。 意味のない沈黙。五十嵐の様子は、あくまで何気ない。 「やっぱり有沢?」 「は?」 間抜けにも聞き返していた。 「有沢、可愛いし、勉強できるし、カッコイイし。好きになっても仕方ないなって」 全く予想していなかった事態に、膨らんできた否定したい気持ちをそのままに、勢いに任せて、 「違う。五十嵐、俺は五十嵐が好きなんだ」 言ってしまった。それも、こんな軽々しい雰囲気で。 沈黙の中、お互いの目だけが合う。だけど五十嵐の目はピントまでは合っていない。 そしてそのピントがようやく定まったとき、五十嵐は口を開いた。 「嬉しいけど、ごめん。そんな風に考えたことない」 「あ、やっぱ?」 それからだんだんとギクシャクしてきて、俺の方はどうにも悪いと思う気持ちで一杯だった。五十嵐の方も似たような気持ちだったと思う。お店を出て、その時に気づかず五十嵐にまで払わせてしまって。駅までどっちつかずな距離のまま歩くと、ホームで短く「じゃあ」と言って足早に五十嵐は去っていった。 失敗、してしまった。 「悪かったな」 「振られたんでしょ。そんな風に考えたことないって、そりゃそうだよ、米原だもん」 電話口から轟く笑い声。こんな笑い方をするのは俺ら四人で一人しかいない。有沢一人だけだ。潮崎なら潮崎で、軽蔑したようにキザっぽく短く笑うだろう。 家に帰宅し、無理矢理参考書を開いて数学の問題を解いていた。今の様な状態で頭に入るわけもなく、悶々と時間だけを消費していた。確かに、五十嵐と話している時間は楽しかった。だけどそれはただ楽しいだけで終わってしまうのかと、それでも悪い気がしない自分に苛立っていた。 そんな中に、有沢は俺を笑いに電話をよこしてきた。一言目から、「駄目だった?」と酷いことを。 「切るよ」 「あっ、待って。一割くらいは励まそうと思ってかけたんだから」 九割は笑う為と言うことらしい。 「やっぱり切る」 「あぁ、もうそう言ってから切ろうとするところが、米原らしいんだってば」 馬鹿にしている。そこまで言うならとことん馬鹿にしてもらおうじゃないか。そんな気分にもなってくる。 「じゃあ、俺を励ましてくれよ」 「先に励ましてあげるとね」 電話口の有沢の声が少しまじめになる。 「あんな事言ってるけど、実際満更でもないみたいよ。でも、五十嵐、相当気を遣うと思うから、明日からは米原の方から普通に接してあげてよ」 反応に困った。正直嬉しかった。 「う、嘘じゃないだろうな」 強めの言葉になる。 「嘘じゃないよ。あと、もう一つ残念なことがあるけど、聞く?」 口調は変わらず。 「五十嵐は、潮崎くんの方が好きだったみたいよ」 さらりと言う有沢。確かにショックを受けたが、次第に心の方が納得し始める。俺なんかよりも潮崎の方が格好いい事は、付き合いの長い俺はよく知っている。 それから、有沢と話しているうちに納得してしまった。潮崎と五十嵐が付き合っている方が自然だと思うくらいに。夏に焦られて告白したことを、有沢に酷く貶されたが、さすがに今のままで良いとは思えない、それは有沢も分かってくれた。また機会を伺うさ、と言って、有沢は良いように五十嵐に言っておいてあげると言って電話を切った。 電話を切って、意味もなく高揚した気分のまま、数学に戻った。明日からまた五十嵐達と変わりなく話せる気がした。 俺はまだ、五十嵐を好きでいられる。 Ⅱ いつの間にか八月に突入していた。あれからも変わりなく受験生であり続け、僕らは四人であり続けた。俺が五十嵐に思いを告げた翌日も、五十嵐は俺に笑顔を向けてくれた。全部有沢のおかげだろう。あの有沢からの電話も、五十嵐にお願いされたのかもしれない。 受験勉強にも熱が入る。予備校に行く途中の電車は、変わらず潮崎と一緒だった。人が敷き詰められた電車の中、面白い世間話をできるほど芳醇な生活をしてはいない、だから何を話すわけでもない。ただお互いに単語帳などを眺めながら、時々思い出したかのように話をする。昨日潮崎が突然、甘いもの食べに行こうぜ、と言ったときには笑った。俺は手持ちがないからと断ると、潮崎は一人で食べに行くと言っていた。 つまらない本と分かっていながらそのつまらなさを楽しんでいるような、そんな気配で参考書を読む潮崎。受験生っぽくない、ハチマキなんか似合わない。受験なんて自分が勝つと決まっているもんだと自信が満ちあふれても、油断をするつもりはないという余裕。そんな潮崎と向かい合う。あぁ、あの五十嵐が惚れる理由もやはり分からないではない。 俺は、まだ五十嵐が好きなのだ。五十嵐の何に惚れているのかはもう正直分からない。ただ、一緒にいるだけで俺は和むし、ずっといたいと思ってしまう。とにかく可愛いんだ、五十嵐は。 兵隊のように規則正しく並んだ英単語を流し見た先、潮崎の顔があった。変わらない無表情で、参考書を読んでいる。 「なぁ、潮崎」 意識よりも先に言葉が出た。潮崎は一度参考書から目を俺に移す。 「潮崎のこと好きだって」 「んー、誰が。お前でも良いけど」 もう動転していた。 「五十嵐が」 声が、馬鹿みたいに上擦っている。 「へー」 興味も無さそうに参考書に目を戻す。 「お前、そう言われて振られたのか。可哀想に」 エサにされるミミズを憂いに思うかの口調で、潮崎は言い放った。潮崎への怒りの前に、もし五十嵐にそう言われたら耐えられないだろうと思って、一人身震いした。 「で、恋の相談か?」 潮崎が口元で笑った。いつも通りの俺と潮崎の関係である。狭い狭い電車の中、本当なこんな話をする場所ではないのだろうけど、俺と潮崎の関係だと、こういう場所でそんな事を何気なく話す方が似合っている。 「潮崎は、五十嵐に告白されたら、受けるか」 「さぁ。受ける、だろうな」 潮崎の腹に拳を入れる。それは潮崎の手の平で受け止められる。 「潮崎、どっちかと言ったら、どっちが好きなんだ」 「酷い質問だな。んー、どっちも好きだけど、じゃあ有沢か」 こんな質問に本気で答えてみせる潮崎ではない。だけど潮崎は無闇に嘘はつかない。本当にそう思っているのだろう。俺はどこか安堵した。 「じゃあ、ってなんだよ」 いつもの調子に戻ってきた。 「付き合うとすればだよ。お前は五十嵐の方が好きなんだろ」 「よく俺たち親友ってやっていけるな」 潮崎も同調する。隙と見て、再び腹に拳を入れるが、やはり手の平で返される。 「悪い。本当はな、昨日、五十嵐に言われたんだよ」 潮崎は自分のことにも関わらず、淡々と述べていく。帰り、俺と別れた潮崎はひっそりと待ち合わせの場所に向かった。隣駅の市民公園。そこで、待っていた五十嵐に、ずっと好きでしたと言われたそうだ。 「なんて答えたんだ?」 突然の話に動転しているはずが、潮崎の言い方で俺の気分も盛り下がっていた。自分で思っているより、平常な声だった。 「俺だって、五十嵐なら悪い気はしない。だから、受けたよ」 「そうか」 それに対して、俺はどうすることもできなかった。もう事は進んでいたのだ。 待てよ、昨日潮崎が俺を誘ったのは、一緒に来いと言うことだったのか。何を考えて潮崎がそうしたのか分からない。今の俺には、聞く勇気もない。 そのまま、お互いに参考書に目を移す。だからと言って、勉強にのめり込める訳ではない。お互いに、ページを一つも捲らないままに、ゴトゴトと電車に揺られていく。 潮崎は降りて別れる直前に、悪い、と一言漏らしていった。 だからなんだと言うのだ。俺の青春は完全に終わった、ただそれだけだった。 翌朝、俺先に行ってる、と潮崎にメールしていた。潮崎からの返信は、了解、の二文字のみ。一体何に遠慮しているのか自分でも分からなくなってきた。 お昼の時間はこれまで通り集まっていた。条件は昨日と同じはずだった。五十嵐が快活に喋って、それに有沢が答え、俺が突っ込み、潮崎が貶す。気づいた、五十嵐はこんなに潮崎の瞳を伺いながら喋っていたのだなと。雰囲気だけはとても楽しそうだった。 調子が狂うことにいつもより早く箸が進み、手持ちぶさたになると、俺はまだ予習が終わってない事を理由に立ち上がった。それに続くかのように、昨日見てしまったテレビを理由に有沢も席を立った。 五十嵐が有沢に軽く手を合わせている。やはりそうなのだろう。潮崎がこちらに視線を向けてくる、そんな遠慮要らないと言うことだろうが、考えではなくて身体が勝手にそうしてしまうんだと目線で訴えた。 「なに遠慮してるの」 怒りよりも呆れが混じった、後ろから有沢が声をかける。その声には俺に対する非難が混じっている。 「勘弁。有沢、良くしておいてくれるんじゃなかったのかよ」 俺だって怒っていた訳じゃない。自分の不甲斐なさに呆れていただけなのだ。 「とりあえず、コーヒーでもおごるよ」 突然俺の手を取り、有無を言わさず歩いていく。さすがに俺は手を振り切り、それでも歩みの変わらない有沢について行くことにした。 建物の隅にある自販機コーナー。紙コップに飲み物が注がれる機械に、有沢が自分の物を買った後、再びお金を入れる。 「何がいい?」 「自分で払うよ」 守られるつもりはない。 「たまには良いでしょ」 有沢は勝手にボタンを押した。砂糖もミルクも入るようだった。 「ありがと」 無言で、二人で飲み物をすする。思った通り、コーヒーにしては甘く、舌触りが気に障る。 すべてが調子悪い。勉強も、恋愛も、友達付き合いも、すべてが調子悪い。特に、時期が悪い。 有沢は俺より早く飲み終わった様だったが、目を合わせるわけでもなく、ただ隣で待っていた。そして、俺が飲み終えて紙コップをゴミ箱に捨てたところで、 「格好悪くても良いでしょ、米原なら」 「それ、慰めになってない」 沈んだ後だというのに、笑うことができた。 「そうよ、もっと二人がいちゃついてくれたらいいのに」 「遠慮し過ぎだな、二人は」 自分の発言に可笑しくなって、有沢と二人で笑った。 二日もすれば、潮崎と通っていた習慣もなくなってしまう。男同士なんてそんなものだ。お昼を食べる習慣は翌日も続いた。 その日、俺は相変わらず居心地が悪かったが、今日は特に五十嵐が俺に話しかけてきた。最近寝不足じゃないかとか、本当に内容のない話。その話に有沢が重ねてくる。そして潮崎がけなし、俺が文句を言う。 それほど俺は酷い顔をしていたのだろうか。わざわざトイレで鏡を見てみると、手入れの忘れられた顔がそこにはあった。気が抜けている。 帰り際、潮崎の方から『用もあるから先帰る』とメールがあった。気の遣い過ぎだ。 有沢に付き合ってもらおうかとも考えたが、自分が惨めになるだけ、そんな気がして、早々と撤退することにした。 考えたこと、今はとにかくきっかけが欲しかった。自分の思いに区切りをつけられるきっかけが。 Ⅲ そう、きっかけは何だって良かった。予備校での授業がないその日に、一人電車で遠出することにした。遠出と言っても、隣の県の神社に、合格を祈願して来るだけだ。受験生生活、一人になることがあるとは思っていなかった。このまま四人で過ごすものだと思っていた。本当に久しぶりに一人で何か行動を起こしている、ただそれだけで少々興奮した。 そうなのだ、本来受験生は一人で過ごすものなのだ。突然そんな悟りを開いてしまったりした。目的の合格御守を四つ買い、世間は長期休暇で参拝客も多い中をゆったりとした自分のペースで歩き続けた。そこで食べた抹茶と団子は口に合わなかった。そのくらいの方が良い。 帰ってから、まじめに数学に取り組み始めた。いつにも増して順調に進んだ。 翌日も、一人で予備校に向かう。電車で偶然にも潮崎にも会わないだろうかと危惧したが、その時間は英単語帳を眺めていればすぐに過ぎてしまう。 お昼の時間にいつもの場所で、変わらず片足を投げ出しながら座って参考書を読んでいる潮崎を見たとき、自分じゃ不釣り合いな気がして、その場所を離れた。予備校を出てすぐ近くの、ハンバーガーショップで一人食べた。 それでも四人が同じ授業を受ける機会が一度あった。俺は一人隅に座ったが、潮崎と五十嵐、それに有沢が入ってくるのを見て、すぐにこちらに気づいたようだったから、出て行かないわけにはいかなくなった。 「老けたな、お前」 相変わらずの潮崎節に俺は安堵した。 「潮崎よりはまだ若いつもりなんだけど」 五十嵐が俺と潮崎の顔を見比べる。そして微笑む。 「あっ、行ってきたんだ。伊勢神宮。昨日?」 素直に頷く。鞄の中から、残りの三つの合格御守を出してみせる。 「四人分願ってきた。賽銭箱に一万円入れてきたぜ」 「なんで菅原道真公のとこじゃないんだ?」 「米原、知らなそう」 哀れな小動物を見るかの目を向けてくる有沢と潮崎。 五十嵐は素直にありがとうと言ってくれた。 「誘ってくれてもよかったのに」 「また四人でか?」 家に帰り、机に向かい調子よく英文を読んでいたとき、有沢から電話がかかってきた。 「なるほど、一人になりたかったんだ」 有沢はどうにもお見通しらしい。俺はそれほどに単純なのか。拗ねたくもなってくる。 「有沢はお昼どうしてた?」 「抜いて、自習室にいたけど」 思わず苦笑した。 「なんだよ、有沢も遠慮してるのか」 「そうじゃないけど、米原ほど無理してないつもり」 どうしてそう飾りもなくものを言えるのか、有沢は。 「そんなことで電話してきたんじゃないだろ」 声色が変わる。 「そうよ、わかってる!」 「なんだよ」 「この状況を、一番嫌がっているのは五十嵐本人なんだよ」 は? 間の抜けた返事を返してしまう。 「わからないなら良いけど」 「あぁ、わかってる。わかる。五十嵐に後悔させるなってことだろ」 本当に? そう詰め寄る有沢の声に、俺の方はどうなるんだよ、と漏らしてしまう。 「米原は良いでしょ。実際に一人になったらすっきりしたんでしょ。でも五十嵐はそうもいかない。しかも、そのきっかけになったのが」 「俺ってか。いい加減にしてくれ。五十嵐だって、潮崎と居て楽しいんだったら、しばらくしたら慣れて、上手くいくだろ」 売り言葉に買い言葉。別にここで有沢と言い争う必要なはいはずなのだが。俺の方も、割り切ったはずが感情が勝手に言葉を吐いてしまう。いつも良いことしか言わないはずの有沢が、俺を諭すように怒る。 「有沢、過保護じゃないか」 「米原はまだ五十嵐のこと好きなんでしょ」 話しながら、だんだんと一体何について話しているのかわからなくなってくる。とにかく五十嵐はお昼は四人で居たいのだという。それを続けないと、五十嵐と潮崎との関係は悪くなるって、意味がわからない。五十嵐に、潮崎に、結局二人は何がしたいんだ。 長々と有沢に説得されるが、結局有沢の方からこれ以上話しても意味がないと言う。 「五十嵐と潮崎が別れたら、そのときは米原も協力しなさいよ。米原に悪くしないから」 それを最後に電話を切られた。実に三十分も喋っていた計算になる。 有沢、結局何が言いたかったんだ。俺の方も、どうして人の恋愛にここまで首を突っ込まなくてならないのか、そんな気持ちしかしてこない。それに、最後の悪くしないというのは、どういう意味か。 俺にわかるのは、五十嵐は元から四人で仲良くしているのが好きだってことくらい。昨日はそれを取り繕うために、俺に無理矢理話を振ろうとしてくれた。 きっと俺は今でもそうやって頑張る五十嵐は好きだし、五十嵐が俺と有沢を除け者にしたくない気持ちもわかる。だが、それでは俺の腹の虫が治まらない。結局、俺のわがままではないか。 だからこそ、今の俺は一人で居た所でかまわない。明日も結局そうするつもりだ。俺は分からず屋でかまわない。 翌日も変わらず、俺はハンバーガーショップでお昼を過ごす。明日くらいは牛丼屋に行こう。 ゆったりするつもりもなく、古文単語帳を開きながらフライドポテトをつまんでいた。すると、狙ったかのように有沢が現れる。 「昨日はごめん。時間使わせた」 俺のフライドポテトを一本つまんでから、俺に手を合わせた。 「おかげで予習が終わらなかった」 自分でも自分の声に苛立ちが混じっているのがわかる。 「隣いい?」 「別に」 相変わらずの財布と小ぶりなノートしか入らない小さなバッグ、それだけ置いてレジに買いに向かった。 その間に俺は残りのポテトも食べ終えてしまうが、有沢はハンバーガーを一つと小さいサイズの飲み物だけを買ってきた。 俺は単語帳から目を離さず、有沢は一人静かに食べ始めた。そのまま、一通り食べ終え、口元を拭いたとき、やっと口を開いた。 「潮崎君、何か言ってなかった?」 「最近まともに話してないな」 特に目線も合わせない。 「その前は? 私、潮崎君とまともに話したことないから」 意外な気がした。潮崎と有沢は成績も上位だし、どこか雰囲気が似ていて、二人は親しいものだと思いこんでいた。潮崎も、時々有沢の話もしていたから。 そのとき俺が思い出したことは、潮崎が五十嵐と有沢どっちかと言えば、有沢の方が好きだと言っていたことだった。別に言うべき事ではない、そう判断した。 「別に」 「絶対今、思い出してた。しかも、結構重要なこと」 昨日の口調に戻っている。 「有沢、どこまで世話焼きなんだよ」 人前と言うこともあって、なるべく声を出さないように、言った。そろそろ苛立ちが一定値に達しようとしている。 「心配じゃないの、二人のこと」 「ほっときゃいいだろ。別れるときには別れるだろうし、続くなら続くだろ。それだけの話だろ。……もうこの話はこれっきりしよう」 「うん。じゃあ、一つだけ聞いて」 「もうすぐ潮崎君の方から別れるんじゃないかって」 意外だった。 あの潮崎が。潮崎なら相手が誰であろうと上手くやるんじゃないかと思っていた。 「どうして?」 その答えは、確かに俺を納得させるものだった。 潮崎は基本的に優しい。自信家のあれで人のことには頭が回るし、俺の様におかしな所でタイミングを誤ることなどない、はっきり言ってしまえば完璧なやつだ。だから、俺よりも潮崎を選ぶならそれは間違った選択ではないと思ってしまう。 ただ、現状の五十嵐と言えば、仲間とかそう言うことを人一倍気にする。四人でいることを一番望む、そう言うよりは一人で幸せを得られない質だ。 五十嵐が周りに気を遣うのが耐えられなくなって、だけど五十嵐の方からそれを言う勇気はあの五十嵐にはないだろう。俺だって、もしそうなったら言うことはできないだろう。そのときに、潮崎の過剰な優しさが、別れを告げると言うのだ。優しすぎる潮崎なら、あり得る結果と言えなくもないし、きっとそれが最善なのだ。 有沢はそこまで気づいていたというのだ。世話焼きの有沢なら、どうにかしなくてはならないと自分を責め、だけど有沢だからこそ、その答えを出せるんじゃないだろうか。 俺よりも有沢の方が人の気持ちをわかっていられる。俺よりも。 「結局、俺にどうして欲しいんだ」 「わからない」 結局有沢は俺に対してはこういうのだ。 一週間ほどしたある時、俺の帰りを潮崎が待ちかまえていた。四人一緒に受ける授業の前ぐらいしか今となって話さなくなった潮崎、久しぶりに帰ろうと言う。その顔は、幸せな男の顔ではなかった。こんな柔な男だったか、潮崎は。 「長くはしない」 「わかった」 男二人でどこかのお店に腰を下ろすのもおかしな気がして、コンビニでお菓子を買って、わずかな街灯が照らす人のいない公園に入っていった。 開口一番、俺はなるべく軽い感じで 「どうよ、五十嵐?」 「よい子だよ」 そりゃあ良かった。それから潮崎がのろけるのかと思いきや、口をつぐんだまま沈黙する。仕方なくこちらから口を開く。 「五十嵐、楽しそうだな。やっぱ、潮崎か」 「そうなら良いんだけどな。正直、俺はきつかった。あいつを受け入れられるのはお前だ」 潮崎は確かに、過去形で言った。 Ⅳ 潮崎から、五十嵐を受け入れられるのはお前だと言われた。有沢から、悪いようにはしないからと言われた。俺は、今でも五十嵐のことを好きでいられた。有沢から連絡を受ける。案の定、五十嵐を励ましてやろうというもの。どうしてそんなお節介を、とメールを返すと、何ふてくされてんの、潮崎君とあの子の仲介は米原しかできないでしょ、とさらに返ってきた。そうでなくとも、潮崎なら上手くやる、気にとめなくても上手くやる。それは分かっているが、気付けば家を出ていた。 やはり、俺は五十嵐が好きなようだ。 待ち合わせの場所は、偶然にも前に五十嵐と二人で話したコーヒーショップだった。有沢は知っていたのだろうか。 予備校から一度帰った道を引き返すように電車に乗る。ようやく着いた時には連絡からも既に一時間が経っていた。 五十嵐は俺の登場に驚いた様子だった。有沢に目配せをしたが取り合ってくれなかった。 有沢と既に結構話したのか、五十嵐に泣いた跡もなかったが、魂が半分抜けてしまったかのように憔悴していた。有沢の話に、頷いたり小さく笑ったりするだけだった。 五十嵐の心配事はわかっている。この一件で俺たち四人の関係を損ねてしまったかと言うこと。それを五十嵐に安心させるために俺は呼ばれたのだ。そう言う俺も、最近潮崎とは親しくないが。 正直に言えば、この弱々しい五十嵐に、欲情していた。今までになく、艶っぽく見えた。 そのせいか、五十嵐には少し線の外れたような話ばかりをしていた。それでも気がつけば五十嵐と話し込んでいて、結局慰めていたんだと思う。 お店の閉店時間近くまで話し込んだ後、五十嵐達と別れた。 帰りの電車の中、五十嵐からメールが届く。律儀にも、今日はありがとう、と書かれていた。 何を返信しようか、と悩み、やはり興奮していた俺は、やっぱり俺じゃ駄目?とメールを送ってしまっていた。あぁ失敗したなと三時間葛藤した後、やっとメールが返ってきた。その返事は、また今度ゆっくりお話ししよう、と言うものだった。 脈あり、俺はその晩勉強もせずに浮かれていた。 それからよく五十嵐と二人きりで話をするようになり、その後、俺の想いは五十嵐に受け入れられた。 だからと言って何が変わった訳じゃない。ただ、朝の一つ目の授業が始めるまでの僅かな合間や、帰りに少し話し込んでから別れるなど、その程度のこと。俺自身、それ以上のことができるとは思っていなかった。 これまでの課程、紆余曲折あったわけだが、今までの反省からか、お昼はきちんと四人で食べるようになっていた。四人の役割は変わらない。ただ、五十嵐が潮崎に少し話しづらそうにしているだけだ。そこは、俺が潮崎に弄られて、その話を五十嵐にも振る。すかさず有沢の突っ込みは入る。見た目楽しくやって行けている。 俺は充実していた。潮崎に悪いと思えるくらい充実し始めていた。五十嵐は隣で、いつも微笑んでいた。 「米原くんって子供っぽいとか言われない?」 帰り時に少し時間を取る。恋人らしいことはない、ただ少し話すだけ。 「よく言われる。どの辺が子供っぽいんだろ?」 前に有沢にも言われた気がする。 「全部、そういう答え方も全部。そう。別に馬鹿にしている訳じゃないからね」 意地悪の意味も含めて、納得いかないなぁ、と漏らしてみる。その態度が可笑しいとばかりに、五十嵐と再び目が合う。 「良いんじゃない、そういう意味では米原くんといると安心するよ」 そう言う言葉をもらう度に、俺の方も嬉しくなる。 「守ってくれるんじゃないかって?」 「ううん、その逆、守ってあげなきゃいけないんだなって」 「それ男として失格じゃない?」 「うーん、今時の男の子ならそれでも良いんじゃない? ほら、のび太くんとしずかちゃんみたいな感じで」 ちょっと心外な気がした。でも、それはきっと潮崎の役目なのだろうとも思った。俺の感情を汲み取ったのか、取り繕うように言う。 「でも、有沢の趣味もそんな感じだったと思うよ」 「有沢、世話焼きだしな。今こうしているのも、有沢のおかげだと思ってる」 正直に答えた。五十嵐はそれにうなずいてくれた。 「あ、私、やっと分かった気がする。有沢に近づけた気がする」 なんのことかと尋ねると、知らなくても良いよと言われた。五十嵐はだんだんと意地悪になっていく。 このとき、つい、今でも潮崎のことが好きかと尋ねてしまった。俺は表では意識していなくても、ずっとどこかで潮崎のことを気にかけていたのかもしれない。それに五十嵐は、潮崎くん頼れるしね、と少し濁して答えた。俺はそれをはね除けるために。 「よし、頼れる男になろう」 その仕草に、五十嵐はいつでも見守ってくれていた。 人の込む電車の中で一度目があってしまっては、人をかき分けてでもそこに行かねばならない。 朝の電車の中、潮崎と二人だった。あれから、まともに潮崎と二人で話をしてはいない。なるべく、あの話題には触れないでおこうと、野球の話題でも振っておこうかと考えていた矢先、潮崎の方から話しかけてきた。 「五十嵐、元気か」 「毎日会っているだろ」 それもそうだったと、自分の失言を恥じる潮崎。 「上手くやってる」 「そうだろうな」 変わらず素っ気ない。なれなれしい潮崎の方が怖くもあるが。 俺の方から喋らなければならない。 「潮崎の方はどうなんだ」 何を言うんだこいつ、という目を向けてくるが、それは単なる潮崎の照れ隠しに過ぎないことぐらいは分かっている。 「有沢か」 ついには観念して目をそらしながらもつぶやいた。 相変わらず、朝から俺らはまじめな話をする時も、通学電車の中だった。どうも雰囲気がなさ過ぎる。だからこそ、口が軽くなるのだろう。 「告白した。素直に、五十嵐より好きだって」 「で、どうだったんだ?」 わざわざ、聞くのか?と挟んでくる。 「もちろん」 わかっているくせに、と付け加えてから、 「自分と俺じゃ釣り合わないって」 「お似合いだと思うけどな」 気をよくしたのか、口の端で笑う。 「それ本気で思ってる?」 「あぁ」 幾分気圧されたように、答える。実際俺はそう思っていたのだ。俺がどれだけ試行錯誤しているときでも、潮崎と有沢は見通したように行動する。そう言う奴らなのだろうと思っていた。だからこそ、似ている。今度、五十嵐にも話してみよう。 そしてこの日から、俺と潮崎の朝は再開した。男友達なんてそんなものなのだろう。 「なぁ、有沢って誰が好きだったかって知ってる?」 「知ってるけど」 意外にも、五十嵐は怒ったような表情を見せる。 「誰?」 「教えない。それよりさ」 今日が特別不機嫌というわけでは無さそうだ。 「潮崎と有沢ってお似合いだと思わないか?」 「そう、だね」 これにはちゃんと頷いてくれる。渋々という雰囲気もない。 ただ、こういう話題はあまり五十嵐も得意ではないのだろう。そう決めつけて、いつものように、当たり障りのない話題に移っていった。 だけど、夕方の別れ際に突然、 「私は、今みたいな私たちの関係がずっと続けばいいと思ってる。潮崎くんと有沢に気を遣わせたくないんだ」 「……そうだな」 それだけ言って、踵を返して俺とは反対側のホームへ足早に歩いていった。 Ⅴ 幸せは二つ一緒には手に入らない。結局どちらかを手放すときが来る。そう、どこかのロックバンドは叫んでいたのを覚えている。だけど高校三年生の夏、一筋縄には行かなかったが、二つ以上の幸せを俺は手にしている。そんな気がしていた。 俺はそんなことも潮崎に話していた。それに潮崎は、この幸せ者め、と言って俺の頭を小突くのだ。そして、時々五十嵐を振らなきゃ良かっただなんて話をする。 「俺だって、五十嵐が嫌いだった訳じゃないさ」 「それは分かっているつもりだよ」 今の彼氏として言っておく。 「あー、頑張って有沢口説くかー」 と、やる気無くぼやく潮崎。 「でも、なんで有沢なんだ?」 意外なものでも見るような目で見つめてくる潮崎。 「有沢って、ほら、全力で愛してくれそうじゃん」 「意味不明」 正直に答える。潮崎も、さぞ分からないことを言ったかのように、口先だけで笑った。 「母性本能が満ちあふれている女ってやっぱり惚れるだろ。だけど、俺じゃ、母性本能なんかくすぐられないってな」 まぁ潮崎は頼れるからな。俺はそう繕っておく。 このように、俺と潮崎は朝を過ごしていた。 お昼はお昼で、四人で変わらない会食。 今の時期は俺が席取りをする立場になり、潮崎のポーズを真似して待っているつもりだが、それに気づいたのは今のところ有沢だけである。その有沢は俺を人差し指を向けて馬鹿にした。 そして帰りは、五十嵐と待ち合わせて三十分程の立ち話。特に話題は決まっていない。この二人でいる短い時間だけで、今の俺は満足していた。 でも、それは突然やってきた。 いつものように五十嵐と話して帰り、家で参考書を開きながらも、自分の幸せにあまり内容が頭に入っていない、そんな時だった。五十嵐から、『ごめん。これ以上付き合えない。』と短いメールが来た。 初め、俺はその内容が信じられなくて、何度も何度もこの短いメールを読み直していた。どうして、何故。ほんの数時間前まで、俺に笑顔を見せてくれていたのに。 そのとき、俺の頭の中には潮崎がよぎっていた。元をたどれば、五十嵐は潮崎が好きだった。そう考えればそう考えるほど、その考えに行き着いてしまう。まだ、五十嵐は潮崎のことが好きだったのかと。 そして潮崎の言葉、五十嵐が嫌いだから振った訳ではない。その言葉は状況が変われば、潮崎が振り向くと宣言している。 『やっぱり、潮崎なのか』 そう、五十嵐にメールを送っていた。そのとき、潮崎に怒りを抱いていたわけではない。ただ、潮崎に負けたなと思いこんでいた。 『私、信用されてないのかな。ごめんなさい。』 俺の中で世界が凍り付いたかのように思えた。気がつけば、次のメールを送っていた。 『今でも俺は五十嵐が好きだ』 その返事はすぐに来た。 『ごめんなさい』 なにもできなかった。無闇に混乱していた俺自身が馬鹿らしく見えた。 今までの俺を走馬燈のように反省した。五十嵐のために時間を割かなかったのが悪いとか、一度くらい遊びに行く時間を作るべきだったとか、もっと抱きしめてやるべきだったとか。自分の行動の全てが悪く思えてくる。 考えは内向的になっていく。悪い方向に向かっていく。受験のことなど、もう頭になかった。 このとき、俺の味方は一人しかいなかった。疑ってしまった潮崎、信頼されなかった五十嵐、残ったのは有沢。俺は、有沢に助けを求めていた。有沢ならどうにかしてくれる、そんな期待も持ち合わせていた。 Epilog 「五十嵐、もう一度俺と付き合いたいって言ってきた」「結局OKしたんだろ」 まぁなと、あからさまに照れてみせる潮崎。 「これで正解だったのかもしれない」 潮崎が続ける。 「結局、五十嵐はお前と付き合うのに、耐えられなかった」 「俺、そんなに駄目か」 「まぁ聞け。お前って基本がんばり屋だからな。結局、五十嵐もその同類なんだよ。自分で考えて、常に駄目だとか思って、試行錯誤して。お前もどっちかって言うとそうだろ」 「わからないな」 「それで良いんだよ。だけど、それが二人ともだと、結局そりが合わなくなる。だから五十嵐は、守ってやる側についたんだよ」 「母性本能ってやつ」 潮崎は目を閉じて考えた後、そうかもなと言って続ける。 「結局、それに五十嵐は耐えられなかったんだろうよ。特に、五十嵐は四人で一緒にとか、お前よりもそういうのが強かったみたいだし」 「俺だって、考えていたさ」 「それだけでもないだろうけどな。その辺、有沢や俺なんかとは違うんだろうな。立派だよ」 結局俺には潮崎の言う意味が分からなかった。 「だから、有沢と俺なんかも、結局相性悪いんだよ」 潮崎が言う。 「お似合いだと思うけどな」 「それ、今のお前の台詞じゃない!」 珍しく、潮崎が怒った。 「有沢、結局あの時何を言ったんだ」 問いつめたい気持ちを持ちつつも、声には決して怒りを込められていなかった。それが、今の俺なのだろう。 結局今、俺の隣にいるのは五十嵐ではなく、有沢だ。しわくちゃになった俺を、有沢は拾い、そして丁寧に伸ばしてくれた。俺のやってきたいろいろなことが、一瞬で透明になり、そして有沢に吸い込まれていった。そうとしか言い表せない。 「私は潮崎とじゃ幸せになれそうにない、そう五十嵐に言ったの」 また意味の分からないことを有沢は言う。仕方のない奴ね、と言って有沢は俺にほほえみかけた。 了
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