2006年7月雑記ログ

7/4-1[執筆]『旅行にて』合評

 サーバでは本日公開の『旅行にて』。文芸サークルの、作者とは逆の性別の主人公で覆面作家で部誌を作ろう企画に出した作品。締め切りに間に合わせるべくいつもの調子で書いたため、さして普段とも変わらず、企画意図にはだいぶ外れてしまった作品。

 で、合評していただいたのでその記憶。作者の意図はまったく伝わっていなかった。旅物語の割に、旅物語としての醍醐味が全くない。当然、作者自身も旅物語としたのは語りたかったものを語る舞台としての道具としてしか扱っていないので、さも当然である。だが、それを題名にしたのはよろしくない。旅物語なのに、旅に入るまでが長い。旅先として、阿蘇、屋久島とあるが、その場所である必要性が全くない、特に阿蘇。やはり、読者は場所と本質との関係性を期待する。

 主人公と妹の差異を出したいにも関わらず、主人公、妹ともキャラクターが立っていないため、その差異が分からない伝わらない。それを示す記述も少ない。作者の自己満足で終わっている。その内容も深く語られていないため、薄い。千字で語れる。

 今回の作品、作者としての挑戦として、プロットを立てずに書き上げた。だが、やはり駄目だった。旅物語としての構成をしていない。最初に、旅の出発の場面を持ってくるなど。やはり、がちがちに固めてから書き始めないと駄目だなぁ、やっぱ俺は。

 合評参加者の皆さん。反省しております中、ありがとうございました。

7/3-1[いしき]横たわるt軸

 意識として、時々自分の目の前に大きな軸が伸びている。時間という一次元の軸。必ず自分は原点に立っていて、負方向を観測することもできるが、それは別の紙に記録されたプロット(地点)でしかない。今の原点とその過去のプロットとを比較して、絶対値を相対的に計ることしかできない。軸の正方向は、無限大に吸い込まれるように存在している。今立っていても常に正方向に吸い込まれるような印象を受けるが、アキレスと亀の様に、いつまでも原点を超えることはできない。正方向の点は、かすかに見え、水平器を用いて、Radian(角度)を計ることで特定することしかできない。

 自分の時間に対して持っているイメージはこんな感じ。常に未来に吸い込まれていく。だからこそ、区切りを見つけて、そこに一つ一つタスクを与えていかなければ、使用率の低いまま稼働し続けてしまう。それが、強迫観念なのか、若気の至りなのかは分からない。

 なんだかな、頻繁に過去ログを生産している気がする。ひと月に一回の作業のはずなのに。雑記の写真一覧を見ると、死に際に見る走馬燈を見ている気がしてきて、少し滅入る。

7/3-1[日記]実験の後のラーメン3

 実験の後のラーメン第三弾。本当は「ラーメン一鶴」に行くつもりだったが、2時34分なんていう変な時間に行ったら準備中だった。

 で、行ったのが「らーめん世界」。とんこつ。チャーシューとスープは美味しかったが、麺はあまり好かず。語れるほどラーメン食べていないが、とりあえず、もう行かないなぁ、と思った程度。

7/2-1[日記]家族で焼き鳥

 家の庭で、七輪で炭火焼き鳥。昔からの家族の習慣。それが、この年になってもまだ続いているって不思議な感じ。と言うか、その習慣に戻っていったのが不思議な感じ。

 家族も慣れっこで、雰囲気だけ楽しけりゃいいって感じで、炭は最初にコンロにかけて火付けするは、うちわで仰ぐのが面倒になって扇風機直接当てるは、長年の知恵が積み重なっている。

 やっぱり、家族でやるこんな小パーティーは楽しい。家庭を築く年になっても、こういう事やってそう。

7/1-1[日記]ゲームやってる暇なんか無いけれど

 ペルソナ3、7/13発売。ライドウで痛い目見させられたが、きっとこのソフトのために力を割いたのだと信じている。

 かまいたちの夜×3、7/27発売。一応、やっておかなあかん、かな。その前に、ちゃんと我孫子を読もう。

 アクトカデンツァ、8/10発売。所詮、格闘はライトゲーマーだし。好きだし、一応。

 と、いいつつ、ゲームをこってりとやる時間もないわけで。さっき、ファミコンのマリオ1をワープなしでクリアしてみる。30分もかからない。ゲームって、こんだけなのが手軽でよいよなぁ。ダンジョン一個三時間とか、間違ってる。

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