2006年6月雑記ログ

6/27-1[日記]PC調子悪すぎ

 電源ON。ウォォォン、ピーーーーーーー、プシュン。……こーん。

 と、いう症状が、十回に一回くらいの割合で起動時起きる。コンセントを抜き、十分ほど放置した後に、電源ONすると、何事もなかったかのように起動する。前にはひと月に一回くらいだったのに、だんだん周期が短くなっていく。一応、壊けても、サーバにバックアップはあるし、レポートは全部ノートPCでやればいいから、良いのだが。パソコンとはデータよりも環境である。頼むから、この前折角リストアCD作ったんだから、卒業までは保ってくれ。

 それはそうと、マリオ1を買ってきた。千円。さっそくやる。やっぱコレクションより操作性が良い、というかしっくりくる。基本、B→しっぱなしで、時折←とジャンプの押す長さでタイミングを計る。このやり方が異常であることは部室で自覚したのだが。

 妹がやりたがったのでやらせてみる。クリボー相手にで逃げ回ったり、ダッシュが早くてびっくりしたり。これが普通のマリオなんだなと思い知る。見てておもれー。

6/26-1[日記]実験が早く終わった日のラーメン

 実験が早く終わると、ラーメン屋に行く。この前は、『一風堂』、今回は『なんでんかんでん』。俺としては、確かにおいしかったが、いまいちもの足りず。友人が、こってりを頼んだのに薄いと言っていた。そいつは『らーめん全日本』が好きである。ご愁傷様。

6/25-1[日記]転機かも

 やべぇ、東京の大学院の入試問題見て、そんなに難しくないかもと思ってしまった。まぁ、それ以外のモノがないとこんな所は入れないのだろうが。一つの可能性としてとらえておきたい。

6/16-1[電脳]コンピュータの仕組み その2

 もっと抽象度をあげてみようか。前回は、入力をアナログと規定し、それをデジタルに変換することにより、計算を可能にし、再びアナログに変換して出力する、それがコンピュータだ、と言ったが、あながち間違いではないと思っている。だが、実際の所、アナログ、デジタルにこだわる必要性は全くない。コンピュータと言えば、一般にパソコン、携帯電話を想像するだろうが、安く売ってるAMラジオだって、電波という入力を音声に変えて出力するのだから、いちいちデジタルにしていないが、広義にはコンピュータとなる。

 となると、コンピュータとはなんだろうか。まさしく、計算機なのだが、それにおける計算とはなんだろうか。つもるところ、情報の操作である。二つの情報を足しあわせる、比較する、片方を制限するなど。何らかの形で入力された情報に対して、何らかの出力をするのがコンピュータと考えることができる。

 さて、それでは人だって、何らかの入力(刺激)を与えれば何らかの出力(反応)ができる。それにおけるコンピュータとの差とは何だろうか。コンピュータは入力から出力に関しては、一つのルールを持っている。そして、ルール以上の事は絶対に行われない。それがまさしく人と違うことである。定められたルール上のことしか行わない、ただし一意の答えとなるルールを定めル事ができればば必ずやる、それがコンピュータという奴なのだ。

 何故、こういう事を言うのかと言えば、ただルールをそのまま行うのであれば、人間であっても時給を払えば行わせる事ができる。算数であれば人間だって行うことができる。逆を言おう、人間が手で行える範囲の算数しかコンピュータにはできない。ただ、コンピュータはその算数が、正確でとても早いのである。

 ゆえに、現在様々なものがコンピュータに取って代われている。コンロの温度調節、銀行の処理、駅の改札、エトセトラ。これらは、人間なら時間はかかるが方法さえ一意に決まっていれば、単なる算数である。コンピュータも、一意に方法を定められたから、行うことができる。しかも、コンピュータに算数をさせるには、電源コードを差し込むだけでよい。こうやって、人間の仕事はコンピュータに取って代わられることで合理化されてきている。大量に算数が行えるおかげで、今まで手で書いてきたアニメがCGになったり、気象観測が大々的に計算できるようになっている。

 そして、今現在、さらなるコンピュータの強みをはっきりと理解すべきである。ネットワークで接続されることにより、情報を場所を問わず伝達する能力をコンピュータは得た。つまり、入力と出力において、場所を限定されなくなったのである。アメリカで行った入力を、日本で出力することが瞬時にできる世の中になったのである。

 人間であれば、目の前に画面があったり、紙があったり、話相手があったり、しないことには、入力と出力を行うことができない。なぜなら、人間には入力・処理・出力で一つの個体として切り離されている。実際、コンピュータも、単体として入力・処理・出力をもったパソコンとして売り出されているが、それだけをコンピュータとして認識すること自体がナンセンスなのである。ネットワークなど、所詮、情報を伝達する経路に過ぎない。

 つまり、場所を問わずなんらかの方法で情報を得れば、場所を問わず何らかの方法で結果をもたらすことができる。それがコンピュータという奴なのである。

 ここで原点回帰。前回の「Q,どうしてできるか。→A,できるように作られている。」に立ち戻る。コンピュータはこれだけの能力を有していながら、「解決する様に情報を変換する方法」となるルールが絶対的に必要で、コンピュータ自身には創造性の欠片もない。だから、今現在コンピュータの認識は、箱の中でウィーウィー言ってるコンピュータを抜け出すことができないのである。

 そして、この状況からの脱皮、それこそがユビキタス・コンピューティングである。このコンピュータの基盤は確実に出揃いつつある。その時には、この状況に適応した新しいコンピュータ像が必要となる。繰り返すが、このコンピュータ像こそが、ユビキタス・コンピューティングである。(と、南那津は勝手に思っている)

 今日はここまで。相変わらず、当たり前の話しかしてません。

 実はこの話、の前半部。情報科学系では、何らかの入力に対して、ある規則に従って、何らかの出力を返すものを、コンピュータではなく、システムと呼ぶ。しかし、コンピュータのできることと言えば、まさしくこのシステムなのである。

 いずれは、ユビキタス・コンピューティングの解説サイトみたいなのを作りたいなぁ。それを、かの坂村健先生に認めてもらい、そちらの研究室にお邪魔するのが俺の夢なんだが、東大院受験しなきゃならんのかねぇ。

 あと、先輩に聞かれた質問、「プログラムって英語で書いてあるように見えるんだけど、なんでコイツはこれを処理できるの?」という質問に関しては、やっと、頭の中の整理が着いたので、暇な時につついてください。もうそんなことには興味ない?こりゃまた失礼。

6/15-1[日記]誘われたのは四度目

 そろそろmixiに参加せなあかんのやろうか。

 他サイトのブログでもOKという事を知って、74thBrogScript for PHPを制作するためにも、興味がわいてきたりする。mixiって、ホントにWeb2.0的か?

6/13-1[日記]三度目のソフトウェア開発技術者試験合格ッ!!

 三度目の正直で、ちゃんと合格してくれた。合格者の平均年齢が26歳。で、合格率14.1%。嬉しかったので、ガッツポーズ三回。スコアは、640、710、750。

 これ以上の情報処理技術者試験は、専門分野に特化した試験となってくる。試験内容も、小論文などが出現する。合格者平均年齢も、全ての試験30代となる。それでも、昨今だいぶ情報処理試験のテキストがこういう分野のも出回る様になったので、勉強しやすくなってきているのは確か。次に目指すは、テクニカルエンジニアネットワーク。

6/12-1[日記]ネットの時間縮小

 だらだらとサイトを見る、と言うのも時々はやるが、だんだん毎日チェックするサイトの数が減ってきたように思う。ネットは情報に溢れてはいるが、必要な情報だけを抽出するには母体が大きすぎて、技術を要する。もとい、ネットにその情報がある確証など無い。それに、日々ネットから抽出する情報は、ほぼエロと一人笑いのみで、それ自体が不要なときにはサイトの閲覧すらしない。あとは、友人たちの会話代わりのブログ閲覧、以上。

 ネットも、もっと建設的にできないものかなと。

6/11-1[いしき]昔からのもっとも悪い癖

 いつからか、幼い頃からか、それとも遺伝子か。建設的でないものに、とてつもない憤りを感じる。それが自分であれ、他人であれ、家族であれ、とてつもない憤りを感じる。目指すもののないままの行動ほど、憤りを感じるのだ。

 それはまだまだ自分が幼い証拠かもしれない。でもあれ、考えを止めて、現状に妥協して、目標もなく、ただ時間が過ぎればどうにかなる、そう思っている状態が非常に憤しい。誰でもそうなのだろうが、自分が居る分野、既に通った分野に関してはなおさらになる。結局、他人から見れば、自分の及ばない分野で自分はそう言う立場にあり、他人から見れば憤りを同様に感じるのであろうが、俺は、どうもそう言うものだけは押さえきれないタチらしい。困ったことに。

 結局それが、俺の創作の原点であり、全ての行動の原点であり、ものを切り捨てるときの優先度である。恥ずかしながら。

 だからこそ、人と話し合うのは大好きだが、ただバカ騒ぎをしたり、時間を浪費するだけの楽しい会話をするのは嫌いなのだ。また、それだから、社交性に欠けていたりする、まったく。

6/9-1[電脳]勉強

 試験期間とか、そういう時に限って、自分の専門にしたいことの勉強がしたくなる。まずい。関連で、アマゾンで本を二冊注文。そろそろ卒研に向けて、学んどかなくきゃいけないことをまとめてかないと、間に合わない、マジで。つーか、分かってはいたが、ウチの大学じゃ完璧にはできない。でも、俺の責めたい方針の研究してる人は居るので、その人んとこにちゃんと転がり込めるように成績を保たねば。

 やりたい研究って、思うに、まだまだまだ金にならない。だけど、そういう研究できるのって、大学のうちだけだよなぁ。

6/6-1[日記]父と泳ぐ

 5年ぶりにプールに入った。この年になって、家族でリゾートプールへ行く。行ってまだ楽しいのだから、良い。父は昔みたいに派手に泳いだりしないし、結局競技用プールへ行って、一人で泳いでいた。その後、ラウンジで休んだりなんかして。

 あとこういうことが何年できるのだろう。本当なら、俺が親と別のところで暮らすようになってからもう無くなったはずなのに。再び家族が集結するというのは、面倒なようで、忘れられた大切なことを再確認できた気がする。そして、将来自分はどんな親であるべきかを考えるのだ。

6/4-1[日記]第七餃子を家で焼く

 写真、これが餃子を焼いているように見えるか? 調理法は冷凍餃子をまずお湯でゆでた後に、お湯をある程度蒸発させたところで、完全に埋まるくらいに油を注ぐ。つまり、茹でる→揚げるを行うわけで。油をこぼしてしまい、後で掃除が面倒だった。慣れれば、上手くできるかもしれないが。

 我が家は第七の冷凍が買ってあるのがデフォルトな様である。父が好きなので、父と二人の時にまた作ろう。

6/3-1[先生]成績あがった

 中間試験が終わり、生徒が成績を持ってくる。うるうる。担当生徒、中学生高校生とも成績アップ! いやぁ、こういう日の、みんなの自信に満ちあふれた表情を見るのは楽しいなぁ、と。

 という、俺自身も勉強しないと……。来週から俺の中間試験が始まる。

6/1-2[HP]脈絡の無い写真集

 写真は全て一つのフォルダに放り込んであるので、それを一覧できるプログラムをPHPで作成してみた。これ。……本当に脈絡の無い写真集になった。

6/1-1[電脳]コンピュータの仕組み その1

 どうして、コンピュータは音声を理解できたり、字を書けたりできるのか? ただの箱だろ?(だいぶ表現に語法有り) と、言われたが、どう説明すればよいのだろう。一度、根本から、電子が通る通らない辺りからまとめてみたかったが、楽そうな範囲のみをまず書いてみる。

 Q,どうしてできるか。 → A,できるように作られている。

 コンピュータは所詮計算機、電卓と一緒なので、計算しかできない。語弊を生まないための、まず第一定義。(どうやって、電気で計算をしているのか、というのはまた別の話で)計算とは、数値として与えられた情報を、区別したり、変換したりすること。区別とは、例えば、色情報を赤256段階、緑256段階、青256段階の三つの数値で与えられたときに、与えられた色情報Aと似た色情報か区別したければ、Aの数値と近い数値(例えば誤差20以内など)で区別すればよい、と言う様なこと。変換とは、赤色っぽく変換したいと思えば、赤の数値を大きくするという変換を行えばよい、と言う様なこと。

 計算を行うためには、数値で情報を与えねばならない。例えば、音声を理解するのであれば、音波(アナログ)をマイクなどの装置で数値(デジタル)に変換すればよい。その数値を、どんな言葉であるかを区別していけばよい。どんな言葉であるかという情報も、番号を割り振ってあるので、その数値に変換する、と言った具合になる。

 そしてそれを文字情報として表示するのも、同様に、文字情報の数値を、画像データとしての数値に変換する。その画像データの数値(デジタル)を、モニター装置に送ると、モニター装置が映像として映し出す(アナログ)。

 まとめると、コンピュータは、外界から与えられた刺激・情報(アナログ・連続的)を、数値情報に変換(デジタル・離散的)に変換する。そして、コンピュータ内で処理、つまり変換した後に、再びそのできた数値情報(デジタル・離散的)を、光、音などの情報(デジタル・離散的)に変換して出力する。コンピュータが行っている様々な仕事も、所詮計算しかできないのである。

 つまりは、仕事をコンピュータでやらせる上で必要なのは、情報を有効的に数値化する方法、仕事が解決する様に数値情報を変換する方法、数値情報を人が分かる形に変換する方法、の3つが必要になる。この3つが分かっている仕事だけが、コンピュータのできる仕事となる。人の様に、コンピュータは「解決する様に情報を変換する方法」を考えることができない。できたとしても、『一部の「仕事を解決する様に情報を変換する方法」を導き出す変換をする方法』を知っているだけに過ぎない。よって、人工知能は不可能である。

 と、簡単に書いてみるが、当たり前と言えば当たり前であり、この質問をくださった先輩の聞きたいことはこういう事じゃない気がするので、また、問答お願いします、と。もしかして、いじめたかっただけかもしれんが。

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