Diary 2003/12・2004/1・2

>>2/5(Thu) ぷよぷよフィーバーやってみましたが、、、、、

こんな事している時期じゃないですが、怒りにまかせて書きます。
お店のデモで、噂のぷよぷよフィーバーをプレイしてきました。
発売元セガ。断じてコンパイルにあらず。
で、その感想ですが、まず第一に、
コンパイルじゃこんなぷよぷよ作れない、
いや、作らない。
ナ、ナンダヨ、三つ組や四つ組のぷよって。
まぁ、びくぷよ山みたいなのが降ってきたなぁ、と思ったら、
下に着いた瞬間に、四つのぷよに変身!
いや、この程度ならいいのです。4、をやったときの失望感くらいの程度。
連鎖がくみにくい、っていうか、ゴミを捨てると勝手に消えちゃう、っていうか。
これは慣れれば楽しめそうな気もしますが……。
(所詮、4の時の連鎖組んだぜ、と思った瞬間に必殺技で組んだ中にお邪魔を入れられた時の失望感程度、怒)
なにが一番の嫌だって、
ウリの「フィーバー」ですよ、
誰でも簡単に連鎖ができるって言う「フィーバー」ってやつ。
そのトリックは、
3みたいに相殺すると「フィーバー」ってのが溜まっていって、
それが溜まって「フィーバー」をすると、
連鎖の“すでに組まれたヤツ”が出現するんですよ。
あとは発動するだけ(はぁと)
ばかやろぉ。
連鎖を組む苦労は、無いのか?!
偶然連鎖でラッキーとか言う喜びは無いのか?!
勝手に組まれている連鎖を発動して、やった連鎖できたぜ?!
そんなの連鎖できたとは言わない!!
連鎖はさせられるもんじゃない、するもんだ!!
老舗のユーザーを馬鹿にしているとしか思えない!!

……非常に勝手な意見でした。



>>1/29(Thu) 結局は人間、DNAで決まる

結局は人間、DNAで決まる。

私の家族を見ているとつくづくそう思う。
全く、私は母に、妹は父に、性格から、癖、寝起きのタイミングまで、
ほぼ一緒という、なんとやら。
例えば、ニュースを家族で見ていて、
私と母の感想の言うタイミングと内容が異口同音。
それが珍しければいいのですが、毎日の様にある。
妹を注意するときなども、うっとうしいくらい一緒。
もう、母に嘘なんか付けない。絶対ばれてる。
所詮、DNAで人間性は決まってしまうのか。
でも、母と私の考えは微妙に違う。
自衛隊出兵の意見とか、話し合うと差が出てくる。
ここが環境条件なのであろうが、
でも、もといは母と変わらないのだ。

もし、人間の第一性質がDNAで決まるとすれば、
親子の関係というのは、肉親、そのままの意味だが、
DNAを引き継いでいるか否かが親子のキマリにも感じられる。

家庭科の授業でやったのだが、
アメリカの裁判の事件でこんな物があった。
子宮に障害の妻が子供を作るために、
妻の卵子と夫の精子を取り出し、体外受精させ、
そして代理母の子宮に受精卵を移し、出産する。
そうすればめでたく夫婦の形質(DNA)を持った子供ができる訳だ。
しかし、腹を痛めた代理母が子どもの権利を主張したのだ。
契約で代理母を務めたのだが、夫婦の契約不履行を理由に、
しかし否は代理母にあるであろう。
ならば、裁判所はどういう結論を出したかは授業では話されなかった。
例示、日本の法律では、親の条件は、
父は認知するか否か(現在形)。
母は出産したか否か(過去形)。
すなわち、先ほどの件ではお腹を痛めた代理母の子となる。
ここに存在する差はなんだろう。
子どもは全くお腹を痛めた代理母には似ない。
コノ子ハ誰ノ子ダ?

日本の法律はこれを認めている。
排卵できない身体になってしまった母が、
姉妹、もしくは全くの他人から卵子を提供してもらい、
体外受精後体内に戻す。
バァ、私はアナタの子どもですよ。
子どもの形相はそう言います。
もうひとつ、
名前の証されない他人から精子の提供を受け、
夫のいない女が妊娠する。
バァ、私はアナタと某有名大学の学生の子どもですよ。
子どもの形質はそう言います。
DNAなんてへったくれもない、ただのモノだ。
お金を出せば買えちゃうモノだ。
臓器なんかよりよっぽど安いよ、安いよ。

しかし、人間はそれを人生の最後までそれを背負って生きていく。
だって、細胞の端から端まで、オンナジDNAが詰まってるのさ。
人間の第一性質を決めるDNA。
これを変えちゃう技術ができてるんだって、へぇ~。
だから、欲しいカタチの子どもがアナタの元に……。
……それで親の尊厳は守れますか?
社会的身分が親ですか?
形質が親ですか?
お腹を痛めたのが親ですか?
お金を払ったのが親ですか?
ナデナデしたのが親ですか?

あぁ、崩壊しつつある人間の性質。
僕たちの遺伝子は劣ってるから、
僕たちの子どもは改造しちゃおう。
僕たちの子どもは絶対天才。

将来、形質(DNA)こそが親の証になるんじゃないかと思う。
結局人間は物質なのさ。
そこら辺の石ころと同じ物質なのさ。
俺は物理と生物を履修してそう思ったね。
どんな物質・生き物も全ては中性子と陽子と電子……。
ただそれが集まっているだけ。
ならば、その唯一無二の配列にこそ価値を認めるべきじゃないか。
DNA主義。

僕はお父さんとお母さんのDNAをもらいました、
形質的に、お父さんとお母さんの子どもですよ。

>>1/3(Sat) 痛いものも、痛くないと思い込めば、痛くないものです

『痛いものも、痛くないと思い込めば、痛くないものです』
人生は達観に限る。

先ほど、「TVタックル」を見ながら、生物の問題をといていたりするのですが、
あの番組を見るとつくづく思う。
ここには私より高い次元の思想を持った人が討論している。
その討論を理解できなくても聞くことは私を成長させる気がして、
彼らは次元の低い視聴者のためにある程度分かる様に説明して下さっているのだが、
特にハマコーさんを見ると、
私の思想なんてまだあまちゃんなんだなと思う。
しかし、思想が一部の人に限られたものであってはならないとも思う。
確かに、習得はできないんだけどね。
加えて、メディアが怖くなる最近。
ハマコーさんを面白い人、の様にしか報道する様子はないが、
彼の言動を一つ一つ摘んでいくと、そこには一つの道理が伺える。
みな、なんだかんだ正論であり、その正論をさも正論などではない様に先導しているのがメディア。
正確さを失ったメディアに余興以外の意味を持つのか?
この前のこと、国土交通省の石原氏が
「つくらないものはつくらない、大臣である私が言っているんですから」
から一転、
「つくります」
と言っているのには矛盾がある。その相談会には三十分とかけなかったと言うではないか、
この報道を聞けば、「なんだ? 大臣のヤロウ、適当なこと言いやがって」となるが、
そんな報道を尻目に、最後にコメンテーターの人がさらりと正論を言うと、
それがちゃんと道理の通った結果であったから驚き。
全く視聴者はその点が知りたく、問題視されて、「石原ワルイ、石原ワルイ」と決めつけられるのはかなわない。

トコロデ、
最近参考書を書いてみたくて仕方がない。
特に、現代文と数学と物理。
高校向けにも中学生向けにも。
私は塾にも行かずに、とにかく自学自習で成績を慣らせてきたのではあるが、
そこにおいて、学校で教えていただいた異常のことを“悟る”ことによって、
自分の勉学を大成してきた面がある。
例えば、現代文で言えば、“戦略的現代文”と勝手に呼んでいる読書法があるのだが、
これを習得すれば、大抵の試験の文章(評論に限る)で迷うことはなくなる。
後は出題者の引っかけを見抜くテクを身につけるだけという様な。
まぁ、受験終わってから、
国語Ⅰ・Ⅱ(現代文)と中学国語のテクを書こうかな?
人のためになるかは分からないケド。

センター試験は117。もうすぐ。
K大の試験は225。1ヶ月半。もうすぐじゃん。

>>1/1(Thu) シンネンアケマシテオメデトウゴザイマス考察

シンネンアケマシテオメデトウゴザイマス。
マダ明ケテナイウチカラあっぷシテマスガ気ニスンナ。
ナニトナク、元旦コウシン。
ブチマケテ書クケド気ニスンナ。

学校に行かないとタメイキを止める遮断が見つからない。
基本的に脳天気人間を演じている私としては、
人に会うことが一番の自分の戒めなのだが、それがないってこんなにも辛いことカエ。

「お前ッテ幸せソウダヨナァ」
「ソレデ幸せニナレルンダカラホント幸せダヨネ」
この前人に言われたかなりショッキングな言葉。
まあ、そう演じている訳だから、そう見られても仕方がないのだが、
実際言葉にされてみるとここまでキツイものだとは思わなかった。
またいつもの様に自分について考察してみたのだが、
自分を幸せだと思わせている状態が一番幸せかも知れない。
ユエ、様々なものに対して幸せを感じる様に努力してきた。
例えば、好きなものを食べるときに、その状態がどれだけ幸せなことか再確認してみる。
勉強しているとき、ただ勉強させてもらえる環境がどれだけ幸せか考える。
日本国に生まれてきたことがどれだけ幸せか考えてみる。
ただ人に恋してドキマギできることことがどれだけ幸せか考えてみる。
そうすると、意外と幸せっていっぱい転がっているものなのだが、
何か“得ていない”気がしてならない。
“幸せ”ってしょせん虚構なんだな。うむ。
そしてその虚構としか思えない幸せに浸っている、麻薬中毒者の様な私を見て、
ひとに「幸せそうだよな」と言われることがどれだけキツイことか。矛盾だな。

先ニハ必ズ幸セが待ッテイル。
ダカラ、私ハ今勉強シテ、立派ナ大学ニ行クノデス。
苦シイノハ今ダケサ。アト二ヶ月半我慢スレバ、アトハ楽シミシカナイサ。

トコロデ、今年分の年賀状については1月5日頃アップ予定。

>>12/1(Mon) 靴屋と僕

靴屋に行きました。
靴が売ってませんでした。
お店は大盛況していました。
このトリックは何でしょう?
解答、私の靴のサイズが、29cm ~30cmだからです。
いや、冗談抜きで……。
わざわざ大きな会場を借りた靴のバザールだったのですが、
そこにあるのは焼く千足の靴、シューズ。
しかもかなりお値打ち、下は1000円から上でも3000円程度。
ちらほら高いのが5000円という、本当の安売り。
段ボールがドンドンドンと置かれていて、そこから自分の靴を探す。
自分の靴がないのですから探しようがありません。
この親にこの子あり、ということで、私が似ているという母親が男物のコーナーで、
探しているのですから、無理でしょう。
ちなみに、今履いている靴はNIKEのシューズなのですが、
表記によると、30cmと書かれています。
もちろん靴の中に、30cm定規が入ります。
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