*読むときは読みやすい適当な字の大きさ、ウインドウサイズ(幅)に変更してお読みください。
いつものように塾から家に帰ると、見慣れているのに違和感がある靴があった。半年前に結婚して家を出て行った兄が帰ってきていると気づいたのは、居間でテレビを見ている兄本人を見てからだった。
「おかえり」
「……兄さん、久しぶり」
「ん、あぁ」
家を出て行く前と変わらない態度。ここが自分の居城とばかりにソファーに寝転がり、留守番を頼まれたのか、らしくもなく時代劇の再放送を見ている。その姿がいつもそこにいる僕より様になっているからくやしい。
「あっ、しばらく家にいるから」
仕事は?と、問おうとして止めた。兄のことだからなにか考えがあるに違いない。
「いつまで?」
「しばらく」
笑えない返事。問答をやめて、居間を出て行くところで、
「受験勉強進んでるか」
「まぁね」
興味もなさそうに、兄はテレビに戻った。
久しぶりの家族四人の食卓だった。兄は奥さんのモトコさんの話はほとんどしなかった。うまくやってるよ、としか言わなかったから、僕はそれ以上聞かないことにした。夜分に母となにやら話している兄を見かけたけど、僕は聞かぬふりをして部屋に引っ込んだ。
それから、いつの間にか二週間が経っていた。兄は仕事には行っているようだが、さすがに心配になってきた。
それを知ってか知らずか兄が突然海に行くと言い出した。気分転換だと諭され、なにを考えてるんだと思いつつも、いつの間にか高速道を走っている車に、兄の楽しそうな顔を見て、僕も楽しんでやろうと思った。
十月の海はとても寒かった。釣り道具を借りて、堤防釣りをやろうというが、兄が釣りをするなんて知らなかった。案の定悪戦苦闘している兄に、僕はどこかほっとしていた。あまりにも、兄は変わっていなかった。だから兄は帰ってきたんだと思った。
帰りの車はどこか清々しかった。兄がとても満足していたからだと思う。
「子供はいつ作るつもり?」
意地悪のつもりで僕は聞いてやった。
「そうか、お前もオジサンか」
誤魔化された。
自分で言っておきながら、にわかには信じられないだろう兄の子供の話に僕は少し笑った。
「お年玉はずめよ」
「それでいつなんだよ」
「まぁ、大人の事情によるな」
僕ももう数年で兄のようになるのかと考えると、妙に兄が誇らしげに見えた。
それから数日経って、モトコさんから電話があったらしく、帰ってくると兄はいなかった。僕は今まで通り受験勉強に励むことにした。目標が、できた気がした。
あとがき。
食パンのCMで結婚した姉が夫の出張中に実家に帰ってくる、とあったのをきっかけに書いた。
俺は長男だ。弟の気持ちなんか分かったもんじゃない。
兄貴持ちの友達に読ませる&取材もしたんだけど、これだけ年が離れると、兄が雲の上の人みたいだって。(違ったか?)
そこまで親しみはなく、でも……なんだろ。
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