波を切る音をまといながら、少年は水の上を走っていた。
十年前に開発された、ローラーブレード型の水上を走るシューズを履いた少年、サン。そのスピードはヒョウにも負けないほどだ。
サンは手に先に刃のついた棒、もりを手にしていた。背中にも、五本ものもりが刺さっている。
海面に視線を鋭く差し込み、さかなを狙っていた。
「みつけた」
右のシューズについたスイッチを操作して、サンは速度を上げた。
サンの目指す先の海には何かの影。単なるさかなにしては大きい。
巨魚。
それがこのさかなに付けられた名前である。
サンは影に追いつき、影と並んで走り出した。
サンはもりを構え、背びれの先に狙いを定める。そこに巨魚の弱点となる神経が走っている
しかし、いまいちタイミングが合わない。
走り続ける影とサン。このまま直進していけば、岸壁に衝突してしまう。
シューズの安全装置が作動し速度が下がるが、それは巨魚にしても同じこと。急回転の準備か、速度の落ちる巨魚。
あの岸は岩が多くて、深くまで潜れないはず。
急回転するために一瞬止まるその瞬間、サンは仕留めるつもりだった。
巨魚には知能があった。
岸壁まで残り十メートルのところで、影は突然姿を現した。そうではない、海中から飛び出した。
熱帯魚を思わせる彩度の高いボディ。それは空中で岸壁に打ちつけられ、その反動でサンを飛び越え、海中に戻る。
「くそっ」
完全に不意を付かれたサンも、シューズのスイッチを操作して、向きを変える。
「あっちゃぁー、やられたぁ」
巨魚の影は海面から消えていた。追いつくのはもう無理だろう。
新しい獲物探しにと、海面を走り出した。
突然、海面に影が現れる。ポコポコと空気の泡が立つ。
「よっし」
しかし、何か様子が違う。逃げる様子もなく、ただ海中に潜っている。ちがう、海中から浮上してきているのだ。
巨魚が空中に姿を現した。それをもりで刺した少女と共に。
その巨魚は身体のデザインからして、先ほどサンが追い続けていた巨魚である。
少女はサンの姿を認めると、サンの前に立ち止まった。もちろん海の上である。
「ッ! レイニィ!」
レイニィと呼ばれた少女は、シュノーケルをはずしながら返事をする。
「よっ。サン」
「そいつはオレの獲物!」
「知るかよそんなの。あたしが捕ったんだよ」
と言って、走り出したレイニィに、サンは遅れながらも走り出す。
申し合わせたかのように現れる巨魚の影。
「レイニィ、こいつで勝負だ」
「いいわよ。あたしが勝ったらなんかおごれよ」
レイニィはもりの手元についているスイッチを押し、海に投げ捨てる。巨魚ごと沈んでいくが、しばらくすると、手元の先から風船が膨らんで海面に浮かび上がった。
レイニィは背中の新たなもりをつかんだ。
走り続ける二人と一匹。
巨魚の影が薄くなる。これは巨魚が潜ったということである。
サンとレイニィは特性のシュノーケルをつけて、スイッチを切り替え潜水モードに変更する。
海中でも小さい魚には目もくれず、巨魚だけを目指す二人。足を傾けることを梶としてシューズの力で前に進んでいく。それによって強い水圧が襲うが、それは体の向きを変えて見事に殺している。
巨魚はあまり器用な動きを得意としないため、直進しかしない巨魚を追いかける。
レイニィは足を上に傾け、突然浮上した。巨魚が海面に上がる瞬間を狙うつもりだなとサンは思った。
巨魚を後ろから追いかけ続けるサン。
サンの身体に海藻がからみつくが、どうにかもりで取り払う。
また岸壁が見えてきたが、今度の巨魚は余裕のカーブを描いて曲がっていった。
レイニィが巨魚と交差した。
巨魚がサンに気をとらわれている隙に、レイニィは巨魚に真上から襲ったのだ。
その奇襲は失敗のようで、巨魚は平然と泳いでいく。
それを見送っているサン。レイニィの奇襲に驚いたのは誰でもない、サンだった。
浮上してくるレイニィ。サンも海面に浮上した。
「なに見送ってんのよ」
レイニィはサンをどついた。
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