A Long Long Dream
Do You Have A Dream?
待つ。
ただ、待つ。
何もしないけど、ただ座ってるだけだけど、待ってるんだ。
小さな言葉だけの約束で、
待ち続ける、何日も。
待つ。
ただ、待つ。
彼はいつもあの場所で誰かを待っていた。
私の知らない、誰かを。
My 1st Dream
彼はいつもあの場所に座っていた。公園の、池の前のベンチで。
私はいつも彼の後ろを走り過ぎるのだけれど、彼はそれを知らないだろう。
私は彼のことは何も知らないし、彼も私のことは知らない。だって、話したこともないから。
私は彼を見てる。走りながら彼の後ろ姿を。
でも、彼の目はいつも遠くを見ている。緑が美しいと評されるこの公園の風景じゃなくて、澄み切った青空じゃなくて、もっと、もっと遠く。
私の知らない場所を彼は見ていた。
何日も、何日も。
私は陸上部だから、部活が終わってからの夕方、毎日ここでランニングをしている。
その時、彼はいつもあの場所に座っていた。
いつから彼はあそこに座っていたのか私にはわからない。
ただ、今も。
私は今日も彼の後ろを通り過ぎた。
彼のベンチのすぐ後ろで彼を見ていた。
彼は……ずっと遠くを見ていた。
私の知らない、ずっと、ずっと遠く。
このことを友達に話したら、彼はほっといた方がいい、といわれた。私の話し方がまずかったのかもしれないけど、怪しい人に聞こえたらしい。
でも、私は彼のことが気になっていた。
My 2nd Dream
私は唐突に彼の隣に座り、タオルで汗を拭った後、豪快にポカリをあおった。大きく息を吐き、それから細かく呼吸をして、息を整える。
彼の顔を横目にやる。突然の訪問者にきよを突かれたような、そんな表情だった。
「君って、いつもここにいるよね」
彼にお構いなく、問いかける。
「あ、うん」
彼は話かけてくるとは思ってもみなかったような反応で、一呼吸おいてから答えた。
このとき私は初めて彼の声を聞いた。背の割に彼の声はトーンが高い、声変わりの途中のような、中性的な声。子供のようじゃない、ひどく落ち着いた大人の声だった。
「私、いつもここ走ってるんだけど、知ってる?」
「あ、あぁ」
人と話なれていないかのような。やっぱり、唐突すぎただろうか。
「いつも、四時頃僕の後ろ走ってる?」
「そうそう。私陸上部だからさ、毎日自主トレにね」
「そう、かぁ」
「今はちょっと休憩中」
彼の方を見てみる。彼はもう私から視線を外していた。いつもの、ずっと遠くをいているような、あの視線。私もその方を眺めてみる。いつもの、公園の並木道があった。
「あのさぁ」
「なに?」
彼は私に構うつもりもないのか、視線を外さず返してくる。私の方を向こうともしない。でも、嫌な感じはしなかった。
「君はいつもここでなにをしているの?」
「なにって…」
数秒くらいの間があってから。
「待ってるんだよ」
「誰を?」
「人」
「そーじゃなくて」
今のって天然?
「それはあなたにとって、どんな人? 彼女?」
「彼女、かな」
「あっそ。彼女ね、カノジョ」
やっぱり、ね。
私が話しかけたのは迷惑でしたか。
「ねぇ、名前は?」
「高梨」
「下の名前は?」
「ユウジ。高梨ユウジ」
「学校は?」
「北山第三高校」
「学年は?」
「二年」
なんの抵抗もなく答えてくれた。それに、おどけてる様子やすました様子もない。ふつうに答えてくれた。ちょっと、意外だった。
「私は幹本サクヤ。聖ラファール高校の二年生、同い年だね。よろしく」
「よろしく」
彼が初めて自分から私の方を向く。でも、彼の目は私の後ろを見ているようだった。どうしても焦点が合わない。
やっぱ、カノジョ持ちか。
彼は向こうの空を眺める。
澄み切った青。
そのカノジョは空からやってくる、そんなわけないか。
「じゃ、ね」
立ち上がり、タオルを首にかけ直す。休憩はここまで。
「あのさ」
彼の声が後ろからかかる。
「なに」
「……なんでもない」
「あ、そっ」
私は振り向きもせず走り出す。
再びいつもの並木道。この道は夏になっても、暑い日差しを防いでくれる。
なんとなく、がっかりした。なんとなく。
今時毎日公園のベンチにいる男の子なんて、なにかドラマがあるような気がしてたけど、やっぱそんなことないよね。
でも、彼はいつまであそこで待ってるんだろう。
ちょうど私の走る時間をかぶっていて、もうしばらくしたらそのカノジョでもやってくるんだろう。
毎日公園のベンチで落ち合う二人。それから二人の甘い生活が始まるんだろう。
ため息しかでないや。
My 3rd Dream
「毎日走ってるよな」
「もうすぐ大会なんだ。私、なんの選手に見える?」
「長距離?」
「いつも走ってるからって、そうとは限らないよ。もっと考えてよ」
「なんだろう。背が高いから、高跳び?」
「そう。走り高跳び」
一週間前のあの日に初めて話してからというもの、毎日彼の後ろを走るものだから声をかけないわけにはいかなくなった。ちょうどこの場所が私の走るコースの中間地点だし、休憩がてら彼の横に座っている。
彼の隣のこの場所、私の場所じゃないような気がするけど。
彼の表情はいつも変わらない。
どこか遠くを見ているような表情。私の方は見ていない。
私と話しながらも頭の中はカノジョのことばかりですか、このスケベ。
「そろそろ、私行くね」
「そっか。じゃあ、また」
本当は、早く行ってほしいとか思ってんじゃないの。
「それでさぁ」
「うん?」
「そのカノジョさんはいつ来るの?」
何気なく聞いてみる。
「……」
えっ。
答えはすぐ返ってくると思っていた。いつものことを答えるだけのはず。でもその言葉は、しばらくしてから返ってきた。
彼にしてはトーンの低い、頼りなげな声で。
「……あした」
「そう、明日なんだ。じゃあね」
あした。今日は彼女に会わないんだ。
だったら、彼はどうしてあそこに座ってるの。
えっ、私を待ってた?
出会って一週間ばかりの、私を待ってた?
私を?
彼は私に会いたがってる?
私は……別にコースくらい変えれば彼に会うこともなくなるだろうし。
でも。
彼も私に会いたがってるんじゃないかな。
私は彼に会いたいと思ってる。
私と彼、お互いさま、かな。
だったら、今日はもう少しおしゃべりしていけばよかった。
My 4th Dream
「陸上って個人競技だけどね、個人競技だからこそ、部活の仲間はみんなライバルなんだよ」
「野球部とかとはまた違う友情だよな」
「そうそう。だからって仲悪くはないよ。お互いの力をはっきりと知ってるから。自分が負けても、相手に拍手を送れるし」
「スポーツマンシップ?」
「ちょっと違うけど、そんなもんかな」
私はなにについて語ってるんだろう。友情? スポーツマンシップ?
こんな風におしゃべりしてても、彼は彼方を見ている。
最近見慣れた彼の横顔。
いつも遠くを眺めていろんなことに思いをはせている、詩人のような横顔。
これの横顔は私だけのもの。
カノジョは知らない。
私だけが知っている彼の魅力。
はぁ。やっぱり私はこの人が気になったてるんだ。
そう、それに今時毎日女の子を待つような男の子っていないよね。男の子って最初は気を使っててもすぐに怠けるから。
そうだよ、彼は純粋なんだ。
だから横顔だってかわいいし、でもこのとき私がどう思ってるかなんて彼は知らない。
ただ、おしゃべりするだけの仲。
それも、毎日同じ時間、たった十分間だけ。
別に彼は浮気してるつもりじゃないだろうし、浮気してるなんてよこしまな感情は彼には似合わない。
彼のカノジョさんに一回あって見たい気がする。どんな人なんだろう。彼みたいに純粋な人?
「今日はカノジョさんは来るの?」
「来る」
「あとどのくらい後?」
「三十分くらい後かな」
「へぇ、いつもそのくらい待ってるんだ」
「まぁ、ね」
聞いちゃいけないことを聞いたみたいに、話がぷつんと切れる。さらにカノジョの話題を出すとよくない気がして、昨日のテレビの話題に切り替える。
十分なんて時間はあっという間に過ぎて、いつもの挨拶を交わして、私はまた走り出した。
彼と話すようになってからもう、二週間が経った。
彼の視線は蚊帳の外だけど、最近彼が笑うようになってきた。最初は居心地悪い気がしたけど、それも長く続くと自然にうち解けてきた。カノジョの話題はあんまりしないけど。
嬉しかった。十分間だけということさえも、居心地がよくなってきた。最初のうちは中途半端な気がして嫌だったけど、私にはこのくらいが丁度いいことがわかった。
でも彼は、私とどんなに楽しそうに話しても、私が行った後はカノジョともっと楽しい話をするだろう。
私は並木道を駆け抜ける。
大会前日なのになにやってるんだろう、私は。
My 5th Dream
「この関係っていいよね」
「そう?」
「毎日十分だけ。付かず離れずって感じで。きっとさ、私と君は一生の友達になれる気がする」
「……一生の友達かぁ」
「あれ、それだけじゃ不満? カノジョいるくせに、こいつぅ」
「違うよ。ただ一生の友達、なんて死語かと」
オーマイガッ。
「まぁ、そんなことより、昨日はカノジョとなにやってたのかなぁ。最近気になってるんだけど」
「……聞かないで、そう言うことは」
こうやって、カノジョの話題になるといつも言葉が詰まる。やっぱり二人のことは人には話したくないものなんだろうけど。
「なにさぁ。だったら、カノジョさんはどんな人か、くらい教えてよ」
「……そう言うことも、聞かないで」
「ケチ」
本当に彼には後ろめたいことでもあるんじゃないだろうか。純粋な彼のことだから、二十くらい年が離れたおばさんとかもあり得そうな気がする。それとも純粋そうに見えるだけで……。
まぁ、彼を疑うのはやめとておこう。
でも、でもでも、やっぱり私はカノジョさんのことが気になる。年下だろうか年上だろうか。純粋そうに見える彼だからこそ、本当はどんな子が好みかわからない。
そうなると、私ってどうなんだろう。
「そろそろ時間だ」
「そう。また明日」
「今日はカノジョさん来るんだよね。昨日言ってたし」
「あ……あぁ」
私は走り出す。いつものコースへと。
でも今日はいつもと違う。
彼の視界から私の姿が消え留間で走ってから、Uターンする。
もう大会終わって、結局決勝にまで進めなくて、しばらく大会がないから、ちょっとくらいサボってもいいよね。元々これ自主練だし。
再び彼がベンチに座っている姿を目にする。
確か前三十分ぐらい後って言ってたから、今日だって三十分くらいで来るだろうな。
そうたかをくくって、私は木の陰から彼の後ろ姿をのぞき始めた。
これってストーカーの一種? まぁいいか。
五分が経つ。まだまだ。
十分が経つ。
十五分が経つ。
二十分が経つ。もうすぐだ。
二十五分が経つ。もう、すぐ。
三十分が経つ。でも、カノジョの姿はどこにもない。当たり前か、時間にぴったり来る人もいないだろうに。
四十分が経つ。
五十分が経つ。
一時間が経つ。そろそろ私も疲れてきた。
それにしても遅い。いくらなんでも一時間も待たせるなんてひどい。
でも彼はそれにあわてた様子もなく、ただあのまま、たまに時計を見ているけど、ベンチでゆっくりしている。
二時間が経つ。
三時間が経つ。私は座り込んでしまっていた。
もう、とっくに日は沈み、あたりはちらほらと街灯の明かりがあるだけだった。ベンチはその街灯の一つでくっきりと照らされていた。
三時間もまたせるなんて、どんなにルーズな人なんだろう。それに、カノジョはまだやって来ない。
今日は結局来ないのか、彼はベンチから立ち上がる。
彼のカノジョは平気で約束をすっぽかすような人なんだ。あまりにも彼が気の毒に思えてきた。
今日はゆうに三時間以上も待ったのに、結局カノジョは来なかった。
でも彼はそれに不満はないかのように、いつもの表情をしている。私と話しているときの表情。
彼のカノジョ。私も三時間も待ったというのに、結局見ることはできなかった。
彼のカノジョが来なかったのって、偶然、だよ、ね。
My 6th Dream
「そっか。見てたんだ」
「そう。どうしても気になっちゃって。ねぇ!」
語気を強くしても、彼は私の方を向かない。いつもの横顔がそこにはあった。
私はその翌日も彼を見張っていたけど、彼のカノジョは現れなかった。彼は三時間以上あの場所で座り続けて、そして暗くなり帰っていった。
「本当はなにをしてるの、ここで」
私、ムキになってる。彼のことはすべて他人事なはずなのに、なぜか今、近くに感じられた、
「言っただろ、彼女を待ってるんだよ」
いつも一通りの感情しかない彼の顔に、焦りが感じられる。ここまで頭に血が上った彼を初めてみた。
「でも、二日とも彼女は来なかった」
「それでも、あいつはいつかここに来るんだ」
「いつか? それっていつなの?」
「いつか。そうだよ、明日とか」
「でたらめ言わないで」
自然と言葉が鋭くなる、お互いに。
「本当に約束した?」
「したさ。しっかりと覚えてる」
「そんなの、破られたに決まってる」
「……」
言い終わってからはっとして口を押さえた。言っちゃいけないことを言っちゃった。彼が待っていることを、私は否定した。
彼は、うつむいて……泣いてる?
「や、約束は……したんだよ」
涙が混じって聞き取りにくい彼の声。
私は、なるべく自分に落ち着くよう言い聞かせて。
「あんまし、私の言えることじゃないと思うんだけどさ。でも、もう二ヶ月待って来なかったんだし、諦めなよ。もう来ないって」
「違う、絶対に来る。絶対に来るんだ。約束、したんだ」
「だから、どんな約束?」
「それは……それは」
言葉に詰まり、ぐったりとうなだれる彼。
「約束して二ヶ月も来なかったんなら、カノジョさんは約束守る気ないと思う。君にとって大切な人だったかもしれないけど、カノジョさんは違ったみたいだよ」
「グッ」
彼は突然立ち上がり、走り出した。すぐに見えなくなった。
私、なにやってんだろう。私は別に彼にカノジョを諦めさせたくてやってたんじゃない。私の言ってることが真実かもしれないけど、彼が待ってるんなら彼の勝手。私が干渉しちゃいけない。
なにやってんだろう、私。
なにやってんだろう、私。
私のバカ。
My 7th Dream
あんなことがあった後だから、私はコースを変えて走っていた。
彼に合わす顔がない。
でも、謝らなくちゃいけない。
あれから一週間。久しぶりに彼の座っているベンチがあるコースを走った。
この並木道を越えれば、あのベンチが見えるはず。
いつもよりピッチがあがっていた。体が熱い。心臓が高鳴ってる。
やっぱり緊張してる。
そして、あのベンチの場所。
いつものどこか彼方を眺めた彼の後ろ姿は……無かった。
いつも彼がいたベンチは誰も座ることなく、一人で立っていた。
彼はいない。
わ、私のせいだ。
私のせいだ。
私のバカ。
彼は、二ヶ月も、約束のために待ってたのに。
それは他の人に言わせるとただのバカにしか聞こえないかもしれないけど、彼にとってはそれが支えで毎日ベンチ待って、毎日明日は来ないかなって生活してたんだ。
二ヶ月って長いよ。
明日かもしれない、明日かもしれない。それで二ヶ月は本当に長いよ。
彼の純粋な気持ちを私は踏みにじったんだ。
どんなに彼はカノジョのことが好きなんだろう。本当に、本当に好きなんだ。そうじゃなきゃ、二ヶ月も待ってられない。
カノジョはどんなに幸せ者なんだろう。知らないだろうけど、彼にこんなに愛されて。カノジョはひどい人じゃないの。
そんなことはどうでもいい。
私のバカ。
お願い。もう一度、あのベンチのところに現れてください。
そして、ごめんなさいと謝らせてください。
私のバカ。
……嫉妬、してるんじゃないよね。カノジョに。
My 8th Dream
私はそのコースを毎日走った。
そして、あのベンチで三十分休憩した。
たまにそのベンチに彼以外の他の人が座ってると驚いたりもしたけど。特に女性が座ってた時なんて、カノジョじゃないかって思ったりもした。
彼は姿を見せなかった。
私は彼の携帯番号も知らないし、連絡の取りようもなかった。
今度は私が待つ番になった、かな。
彼はいつか来るんじゃないか。二ヶ月もカノジョのことを思って待っていたんだからきっと来るんじゃないか。
でも私が追い打ちをかけた。だから来ない。彼はそんなやわな男の子じゃない。
そう無理矢理自分に言い聞かせて、私は待ち続けた。
二週間経ったある日、私はベンチの見覚えのある後ろ姿に……涙を流した。
「ごめんなさい。ごめんさい。私、君のこと、あまり考えて無くて、それであんなこと言っちゃって、本当に、本当にごめんなさい」
「……いいよ。僕もそうかもしれないって思い始めてたころだったから」
「えっ」
「でも僕は、もう少し待ってみることにしたんだ。僕はあいつのこと、信じてるから」
「ごめんなさい。ごめんなさい」
「もういいよ。もう、泣かないでくれよ。もう気にしないから」
と言って、ハンカチを貸してくれた。
きっと目のあたりとか赤くはれてるんだろうな。
二週間、彼は考えていたと言った。
やっぱり、カノジョのことが頭から離れなくて、それで、もっと待ってみることにしたって。
私は彼に惚れていたというか、惚れ直していた。
そこまで一途になれる彼に、私はすてきだと思った。
他の人に言わせるとただのバカって言われるかもしれない。でも今時こんな純粋な男の子、他には絶対にいない。
明日から、彼はまたここで待ち続けるんだろう。
そのカノジョとの約束がどんなものか知らないけど、きっとすてきなものに違いない。
私の知らない約束。
いつか、カノジョが現れたら、私はカノジョに彼はどんな気持ちで待ってたのか、その思いを伝えよう。私が彼にできるのはそのくらいのことだから。
My 9th Dream
時が過ぎていく。
私と彼が出会ってから、三ヶ月が経ち、彼は未だあの場所で待っている。
私は毎日彼と十分間だけ会話をする。本当に十分間だけ。私と彼とはそれで十分だった。
彼はいつも私の方を向いてくれない。けど、それで良かった。
雨の日も、ベンチで十分間だけ会った。
そして、四ヶ月、五ヶ月、半年が経ち、それでも彼は変わらなかった。
私は、何度か彼を止めるべきじゃないかと迷った。
どんどん時が流れていく中、彼はずっと待っていた。
来るはずもない人を、って言うと悪いけど、私はそんな気もしてきていた。
でも言わなかった。それは彼の意志だから。
七ヶ月。
八ヶ月。
彼の顔にさすがに疲れが見えてきた。
ただベンチに座っているだけでも体力を使うのに、七ヶ月も、精神の方が限界に達していたんだと思う。
その時は彼の愚痴を聞いてあげて、でも私はそれ以上のことはしなかった。まさか、諦めようなんて言わない。ただ、毎日変わらずに十分間だけ会話をする。それを続けた。
九ヶ月。
十ヶ月。
十一ヶ月。
私と彼が出会う二週間前に、彼はカノジョと約束したっていってた。約束の日から彼が待ち続けてから丸一年が経とうとしていた。
ある日、いつものベンチに行くと、彼の姿はなかった。
そんなに驚きはしなかった。
すべては彼の意志だから、私がどうこう言う問題じゃない。
私は彼がいなくなって、休憩中の話し相手がいなくなって、ちょっとだけ寂しかった。ちょっとだけ。
彼は諦めたのだろうか。それとも、彼女に再会することができたのだろうか。
私としては、少しだけ寂しかった。
End Of The Long Long Dream
それからも、私はあのコースを走り続けて、そして休憩するときは必ずあのベンチを使っている。
今は一人のベンチ。
それでいい。そう自分に言い聞かせるので精一杯だった。
ある日、近くの商店街に友達と一緒に出かけた。するとそこには、あの横顔を持った男の子が女の子を連れて歩いていた。
私と同い年くらいの、美人とはいえないけど、端整な顔立ちをした女の子だった。
でも、あの横顔だけは私のもの。そう思うと、さらに彼がいとおしくなって仕方がなかったけど、彼の後ろ姿を見えなくなるまで見送った。
End
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